Web音遊人(みゅーじん)

連載18[多様性とジャズ]政治的なテーマを直截に音楽へ注ぎ込んだミンガスの遺志

社会的な多様性と、ジャズにおける音楽的な多様性の接点を探るべく、この連載を続けてきた。

その2つが最も大きく重なっていたと感じられたのが、チャールズ・ミンガスというジャズ・ミュージシャンであり、その作品群だった。

同時代に活躍したマイルス・デイヴィスがいるのだけれど(ミンガスは1922年生まれ、マイルスは1926年生まれ)、すでに多くの指摘があるように、マイルスの作品群には“政治的なにおい”がきわめて薄い。

しかし、自伝や彼をモデルにした映画などでも触れられているように、人種差別に起因する警察とのトラブルは日常的で、それに対してマイルスが折れることはなかったというエピソードが数多く伝えられている。

つまり、アフリカ系アメリカ人の公民権運動が顕在化し、先鋭化していった1960年代以降において、アフリカ系アメリカ人が関係する文化に政治的な影響がなかったはずはないのだ。

強いて言うなら、ミンガスはそのテーマを直截に音楽へ注ぎ込み、マイルスは間接的な表現、すなわち“音楽における多様性”を追求する姿勢によってそのテーマの表現に変えた、ということになるだろう。

ミンガスは1979年に亡くなったが、その後に“遺志を継ぐ”とも言うべき2つの象徴的なエピソードが残っているので、それを紹介してミンガスがジャズの多様性において多大な功績を残した証しとしたい。

まずは、“ミンガス・ダイナスティ”という名前を冠したいくつかの音楽ユニットが結成されたこと。

未亡人の「追悼バンドを」という求めによって共演経験のあるミュージシャンが集まったものとされ、“ミンガス・ダイナスティ(ミンガス王朝)”という名前は、1959年に制作されたアルバム名にちなんでいる。

ミンガス・ダイナスティは、彼のバンド、いわゆる“ミンガス学校”で学んだことのあるミュージシャンによって構成され、活発な活動を展開したが、そのメンバーは固定化されず、ときにはビッグ・バンドやオーケストラとよばれる人数を擁するようにもなった。

残されている音源を聴くかぎり、“ミンガスの穴”を埋めるほどの強烈なサウンドを構築するまでには至らなかったのが残念ではあるが、個人的には、ジョージ・アダムス=ドン・プーレン・クァルテットのような“ほぼミンガス・バンド”を生み出して、1980年代にボクの胸を熱くしてくれたことに感謝している。あのサウンドによる高揚は、ミンガス譲りだったのだと、いまになって気づくわけである。

ジョージ・アダムスには来日時にインタヴューの機会を得たのだけれど、時間の制約もありミンガスについては聞けなかった。彼は1992年に52歳で逝去してしまったため、その望みももう叶わないのが悔やまれる。

さて次回は、もうひとつのエピソードについて触れていきたい。

「多様性とジャズ」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

広瀬香美さんインタビュー

今月の音遊人

今月の音遊人:広瀬香美さん「毎日練習したマライア・キャリーの曲が、私を少し上手にしてくれました」

10093views

J.S.バッハの《コーヒー讃歌》

音楽ライターの眼

ああ、コーヒーのおいしいこと。1000回の接吻よりすばらしく、マスカット酒より甘い…… J.S.バッハ《コーヒー・カンタータ》の誕生秘話

9023views

【楽器探訪 Another Take】人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

12087views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

17354views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

8514views

オトノ仕事人

子ども向けコンサートを企画し、音楽が好きな子どもを増やす/コンサートプロデューサーの仕事

8735views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

13915views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

10176views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8694views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

5702views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8683views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10466views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

10950views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8694views

エマーソン、レイク&パウエル

音楽ライターの眼

エマーソン、レイク&パウエル『The Complete Collection』/1980年代、プログレッシヴ・ロックが変化を迎えた瞬間

972views

江藤裕平

オトノ仕事人

音楽ゲームの要となるリズムノーツをつくる専門家/『太鼓の達人』の譜面制作の仕事

10060views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

2430views

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

24073views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

7160views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

6946views

楽器のあれこれQ&A

ピアノ講師がアドバイス!練習の悩みを解決して、上達しよう

4672views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

14524views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31110views