Web音遊人(みゅーじん)

森岡葉さん翻訳シリーズ

世界的ピアニストたちの貴重な言葉が詰まった、人気のインタビュー集/書籍『ピアニストが語る!《現代の世界的ピアニストたちとの対話》』翻訳シリーズ

世界各国のピアニストたちへのロング・インタビューを収めた『ピアニストが語る!《現代の世界的ピアニストたちとの対話》』は、2007年に台湾で出版された『遊藝黒白:世界鋼琴家訪問録』の日本語版として2014年に第1巻が出版された、人気の翻訳シリーズだ。今なお多くの読者に支持されている本書の日本語版は、どのようにして生まれたのか?翻訳者の森岡葉さんに原作者との秘話を交え寄稿いただいた。(Web音遊人編集部)

台湾で音楽の専門書が異例のベストセラーに

台湾の音楽ジャーナリスト、文筆家の焦元溥チャオ・ユアンプー氏(以下、焦氏)が世界各国のピアニストに、その生い立ち、どのようにピアノを学んだか、芸術観、人生哲学、楽曲解釈、ピアニズムの系譜などについてインタビューした『遊藝黒白:世界鋼琴家訪問録』。2007年に出版されて以来、本書は台湾の音楽愛好家や音楽を学ぶ学生たちの間で大きな反響を呼び、音楽の専門書としては異例のベストセラーに。2010年には中国で簡体字版が出版され、多くの中国系の人々にも愛読された。

一部の抄訳が日本でも思いがけない反響を呼んだ

私は2011年に、この原著を上海の音楽評論家の友人に勧められて通読。焦氏が独自の視点でピアニストたちから興味深い話を引き出していることに感銘を受け、一部の抄訳をブログで紹介してみると、思いがけず「おもしろい」「ぜひ全訳の出版を」という声をいただいた。それから出版に至るまでには苦労も多かったが、2014年に第1巻を出すことができたのは、焦氏に初めてお会いしたときに言われた「これは僕にとって宝物のような本ですが、あなたを信じてお任せします」という言葉に背中を押されたからだ。

焦氏は、なぜピアニストへのインタビューを思い立ったのか

著者の焦氏は、1978年台北市に生まれ、台湾大学政治学部(国際関係学科)を卒業後、2年間のナショナル・サービス(兵役)を経て渡米。フレッチャー法律外交大学院の修士課程で学んだ俊才だ。官僚か外交官として台湾の未来を担う人材として期待されていたのではないだろうか。しかし、彼は音楽を選んだ。幼い頃からピアノを学び、クラシック音楽に強い興味を持って独学で研究を続け、アメリカ留学中に世界各国のピアニストへの大胆なインタビューを敢行し、2008年からイギリスのキングス・カレッジの博士課程で音楽学を専攻すると同時に、大英図書館の特別研究員(Edison Fellow)を務めた。
彼がなぜピアニストへのインタビューを思い立ったのか、このように語っている。
「子どもの頃から多くの音盤を聴いて、不思議に思うことがたくさんありました。深い示唆に富んだ創造的な解釈に出会うとワクワクし、その解釈がどのような思考や論理から生まれたのか知りたいと思いました。楽譜の指示通りに弾いていない演奏に出会うと、なぜだろうと考えました。さまざまな書籍や資料を読んで、ピアニストにまつわる伝説的な出来事や各国のピアニズムを継承する学派について興味を持ち、どうしても本人から直接話を聞いて、語り合いたいと思ったのです」
そのような彼の想いが結実した2冊組の『遊藝黒白:世界鋼琴家訪問録』には、55名のピアニストのインタビューが掲載された。初版本が出版されたのは2007年、彼がイギリスに留学する直前29歳のときのことだ。
「もしもこの本が1年以内に増刷されたら大成功だと思っていました。ところが、なんと1週間で増刷となったのです」
残念ながら、日本語版は1週間で増刷とはなっていない。しかし、第1巻の出版から10年近い年月を経ても売れ続けている。出版不況と言われるなかで、このようなボリューム、価格の本が売れていること、10年以上前のインタビューが色褪せず、人気シリーズとなって読者に感銘を与え続けていることは、驚くべきことだと思う。

著者との信頼関係が日本版だけのエピソードを引き出した

初版本を出してからも、焦氏はピアニストへのインタビューを続け、2019年に108人のピアニストへのインタビューを収めた『遊藝黒白:世界鋼琴家訪問録』増訂新版(全4巻)を出版した。 日本で出版している翻訳シリーズには、この増訂新版が出版される前から、すでに2007年の初版に入っていないインタビューが多く含まれている。それは焦氏が私のことを信頼して、中国語の増訂新版を出す前からインタビューしたばかりの新しい原稿を送ってくださっていたからだ。
また、日本語版には私が焦氏にお願いして、彼がピアニストたちにインタビューした際のエピソードを各章の「後記」として書いていただいている。これが著者の誠実でユーモアあふれる人柄を感じさせて実におもしろく、読者から好評を得ている。

私が自身の仕事の合間に翻訳に取り組み、8年間で5冊の本を出すことができたのは、読者の方たちからの温かい励ましのおかげである。若い頃に中国語を学んだことが、音楽ライターとしての仕事に結びつき、いまやライフワークとなっている。この翻訳シリーズ、続刊にもご期待いただきたい。

■書籍『ピアニストが語る!《現代の世界的ピアニストたちとの対話》』翻訳シリーズ

著者:焦元溥チャオ・ユアンプー
翻訳:森岡葉
発売元:アルファベータ
詳細はこちら

森岡葉〔もりおか・よう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1974年~76年、北京言語学院、北京大学に留学。著書に『望郷のマズルカ-激動の中国現代史を生きたピアニスト フー・ツォン』(ハンナ)、訳書に『ピアニストが語る! 現代の世界的ピアニストたちとの対話』シリーズ第1巻『ピアニストが語る! 』、第2巻『音符ではなく音楽を! 』、第3巻『作曲家の意図はすべて楽譜に! 』、第4巻『静寂の中に、音楽があふれる』(アルファベータブックス)、共著に『知っているようで知らない エレクトーン おもしろ雑学事典』(ヤマハミュージックメディア)。
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