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名手ぞろいの楽団員が一夜限りの室内楽/ベルリン・フィル スペシャル・アンサンブル Vol.3
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2019.12.10
ベルリンの壁崩壊から30年の2019年11月、かつてのドイツ色濃厚なオーケストラからグローバルな音楽家集団へと変貌したベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が2年ぶりに来日した。その合間とはいえ、ヤマハホールで開かれた「ベルリン・フィル スペシャル・アンサンブル Vol.3」は、オーケストラの本公演よりも貴重だったといえる。全員が世界的ソリストでもある首席奏者総勢8人にピアニストのオズガー・アイディンを加え、デュオから七重奏まで様々な組み合わせで演奏する一夜限りの室内楽リサイタル。曲目にはバルトークやフンメルの逸品が含まれていた。
最初のモーツァルト「フルート四重奏曲第3番ハ長調」はプログラムの4曲中、最もポピュラーな作品だ。第1楽章の冒頭からふくよかな響きに満たされ、マチュー・デュフォーのフルートとノア・ベンディックス=バルグリーのバイオリンは1つの楽器のようになめらかに溶け込む。清水直子のビオラ、クヌート・ヴェーバーのチェロとの掛け合いも正確極まりない。端正な運び方ながら、微妙な緩急とアクセントを付け、4人が1つのハーモニーを作り上げるのは見事だ。
続くプーランクの「クラリネット・ソナタ」ではヴェンツェル・フックスのクラリネットが先鋭な響きで即興的な旋律を鳴らし、アイディンの研ぎ澄まされたピアノの音色と相まってモダンな音響空間を生み出した。プーランクの作品は都会風で洒脱といわれるが、パリ郊外の田園風景のような素朴な雰囲気がふと顔を出す。その硬軟織り交ぜた変化もクラリネットの名人芸は絶妙に表現していた。
ソロの技量を端的に示したのは3曲目のバルトーク「コントラスツ」だ。アイディンの抑制の効いたピアノに乗って、バルグリーのバイオリンとフックスのクラリネットが即興風の旋律を交錯させる。ロマの舞踊音楽を思わせる豪快なリズムとアクセントを積み重ね、気分が最高潮に達したところで高原状態を持続させるエネルギーが尋常ではない。既成の枠を突破する熱量は表現主義風といえる。第3楽章ではバルグリーが調弦の異なるバイオリンを途中で持ち替え、異様な重音を鳴らすなど、型破りな作品を視覚的にも印象付けた。
最後はフンメルの「七重奏曲ニ短調」。ベートーヴェンとほぼ同時代の作曲家で、ロマン派の雰囲気も醸す隠れた名曲。バイオリンは無く、ビオラ、チェロ、マシュー・マクドナルドのコントラバスという中低域の弦が重要な役割を果たす。高音域はフルートとジョナサン・ケリーのオーボエ。これにシュテファン・ドールの重厚なホルンが入り、アイディンのピアノが音数の多い分散和音を鳴らすため、交響曲さながらの広がりになる。まさに7人のオーケストラだ。
古典派からロマン派、近代から現代という過渡期の作品を中心に、日米欧から豪州まで様々な国籍の楽団員が繰り広げたリサイタル。ベルリン・フィルの新たな先進性を実感させる公演だった。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社文化部デスク。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
文/ 池上輝彦
photo/ Ayumi Kakamu
tagged: ヤマハホール, ベルリン・フィル, 音楽ライターの眼
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