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新たなステージへ──トランペットを含む4人編成の新プロジェクト「Hiromi’s Sonicwonder」で初のアルバムをリリース/上原ひろみインタビュー
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2023.9.25
tagged: 上原ひろみ, アルバム, Hiromi’s Sonicwonder
ピアニスト、上原ひろみがアルバム『Sonicwonderland』を完成させた。トランペットを含む全く新しいメンバーを集めた「Hiromi’s Sonicwonder」というプロジェクトによる完全新作だ。デビューから20年、さらなる進化を見せ、新たな地平を切り開いた上原。そのスピード感、止まらないエネルギーに驚く向きもあるだろう。
バンドの構想は、ベース奏者、アドリアン・フェローとの出会いから始まった。1984年、パリ生まれで、ジョン・マクラフリン、チック・コリアらの大物にも起用された実力派だ。上原とは2016年の「上原ひろみ トリオ・ザ・プロジェクト」ツアーの際、アンソニー・ジャクソンの代役として共演。「初めて演奏したとは思えない、あうんの呼吸だった。彼とバンドをやりたい、彼を念頭に置いた曲を書きたいと思った」と、念願の構想を7年越しに成就させた上原は、充実した表情を浮かべる。
アドリアンを知る音楽ファンなら、早弾きやソロプレイをまず思い浮かべるだろうが、上原は違う。
「超絶技巧やソロはもちろんだけど、私がすごいと思うのは、音を聴いてその都度その都度コードに合わせて弾いてくれるサポート力、ソリストを輝かせる力。本当にザ・ベーシストだなと思う」
そんな上原とアドリアンの呼吸が一致する“鳥肌モノ”の瞬間は、今回のアルバムの随所で聴くことができる。「ライブ中に一緒に作曲したような瞬間、パッと目を合わせてニヤッとするみたいなことがすごく多くて」と、絶大な信頼を寄せる。
ドラムスについては、「このプロジェクトには温かみのある、かつユーモアのあるドラマーがいいなって」と、ハッピーな奏者として印象にあったジーン・コイの名が浮かんだ。共演歴が多いというアドリアンも、「He is my buddy」と太鼓判を押してくれた。そして、トランペットのアダム・オファリル。『ポラリス』という楽曲ができた時に、バンドにもう一つ楽器を加えるのなら「トランペットしかない」と思ったという。「重低音が深く、ダークなサウンドのパンチのあるインプロビゼーションができる人、なおかつエフェクトペダルを使える人」という条件で見つけたのが彼だった。
「『ポラリス』は北極星という意味。昔から旅人が道標にする、そういう存在があるからどこへでも飛んでいけるというイメージで作りました。アダムのトランペットは、それだけで旅ができるようなサウンド。本当にきれいですよね」
『Sonicwonderland』というタイトルに象徴されるように、今回のアルバムは遊園地やロールプレイングゲームのようなイメージで作られた。ゆっくり手探りで歩み始めるような雰囲気の1曲目『ウォンテッド』は、仲間を探して冒険の旅に出るコンセプト。
「最初にピアノから入って、アドリアン、ジーン、アダムが入ってくるって、バンドを組んでみんなで旅に出ようというこのワールドを組み立てたとおりの入りになっています」
実質的な最終曲にあたる『ボーナス・ステージ』は、「いいことしか起こらない、財宝だけ出る面みたいな感じ」と上原。ジーンのハッピーなドラミングが存分に発揮される曲でもあり、レトロゲーム風からトランペットが入って急にニューオリンズサウンドに変化するところが面白い。
「アダムは、コンテンポラリーやフリーから、ああいうオーセンティックなものまで何でも吹ける人。彼のショーケースのような曲でもあり、この曲が最後に本当に遊園地にいるような感じにさせてくれました」
レトロ感といえば、『トライアル&エラー』も、初期のパソコンのような雰囲気の音色が前面に出る。
「トライアルをすることは人生においてとても大事だと思っている。とにかく何度も挑戦し続ける、ドアを叩き続ける。エラーが生まれるけれど、またそこで成長してまたトライアルができるということにインスパイアされたのです」
通常通りのライブの開催が難しかった約3年間、上原はさまざまなトライアルをした。ライブ業界救済を目的に、ブルーノート東京で100本以上の公演を行った「SAVE LIVE MUSIC」や、インスピレーションを与えてくれるミュージシャンの為に1分間の曲を書き下ろし、リモートで共演した映像を公開する企画「One Minute Portrait」。
「どんな状況に置かれても屈せず、やれることを探すことの大切さを痛感しました。One Minutesは、ピンチはチャンスってこういうことだなって。もう何曲も回収しました」とほほえむ。「One Minute Portrait」で公開された楽曲の断片は、前作『Silver Lining Suite』で3曲、今回は『ゴー・ゴー』『ユートピア』という2曲にアレンジされて収録されたのだ。
オリジナルアルバムとしては2021年の『Silver Lining Suite』以来2年ぶりだが、2022年放送された連続ドラマ『となりのチカラ』、そして2023年大ヒットしたアニメ映画『BLUE GIANT』と、手がけたサウンドトラックが立て続けに発売されている。止まらない精力的な活動を指摘すると、「アルバム、出しまくりですね。自分で気づかないけど」と笑いがこぼれた。もっともサントラは、オリジナルの制作とは次元が異なるという背景があるようだ。
「自分ひとりのディレクションで作ったものではないですからね。たとえば監督が『ここで感情の波が一度来て、また40秒後ぐらいに、もう少し大きい波が来るので1分15秒の曲をください』という作り方と、好きなだけやって8分24秒になっちゃったというのとは、全くアプローチが違うんです」
確かに、新作は7~8分に及ぶ長大な曲が多い。
「アルバムが短めになっている時代の流れに反して、毎回『CDって何分入るんでしたっけ?』という質問を担当の方に投げています。ライブの後に流れでスタジオに入ることが多いので」
2023年5月、米ミネアポリスとオークランドで12本のライブを敢行、その勢いのまま下旬にスタジオでレコーディングした。
「『ゴー・ゴー』と『トライアル&エラー』は、コード進行やソロの部分も決まっていなくて、演奏するたびに帰ってこられないかもしれないという宇宙まで行っているんです。実験室感が強いですね」
ここ数年で配信をとおして音楽を聴く環境が進展したが、上原は「ライブや生のものに対する人の飢えがすごい。やっぱり配信じゃダメなんだっていうところがあるんだな」と実感する。そして、上原にとって最上の喜びは、スタジオでの演奏を閉じ込めたアルバムを聴いてもらい、それがライブでどう変化するかを楽しんでもらうこと。
「ライブのために生きているようなところがあるので、その前に土台として作ったアルバムを知ってもらって、みんなで一緒に『じゃあ今日どんなウチを建ててみようか』みたいな感じがあるんですよね」
上原のプレイは『ユートピア』のように繊細に歌い上げるピアノタッチが楽しめる曲もあれば、キーボードの多彩な音色も駆使する。このアルバムでも生のピアノと電子音が拮抗するバランスを重視したという。新プロジェクト1枚目にして、バンドの一体感があり、4人それぞれの存在感が際立つ快作に仕上がった。バークリー音楽大学時代の同級生で英国のシンガー・ソングライター、オリー・ロックバーガーが歌で参加した『レミニセンス』というボーカルものも、違和感なくアルバムに溶け込む。
「ボーカルものも、バンドサウンドが一貫してあるからアルバムの中に入れられました。作曲者としては、いつもメンバーみんなが光るものを作りたいと思っていて、そこに本当に応えてくれるメンバーだったっていうのはありがたいです」
発売元: Telarc/Universal Music
発売日:2023年9月6日
税込価格:初回限定盤(DVD付)3,630円/通常盤2,860円/高音質SA-CD盤4,400円
詳細はこちら
11月22日(水)渋谷・Spotify O-EAST *スタンディング公演
11月23日(木・祝)三重・四日市市文化会館第1ホール
11月25日(土)静岡・アクトシティ浜松大ホール
11月28日(火)宮城・SENDAIGIGS
11月30日(木)福岡・福岡市民会館
12月1日(金)鳥取・米子市公会堂
12月3日(日)静岡・静岡市清水文化会館マリナート大ホール
12月5日(火)石川・金沢市文化ホール
12月7日(木)東京・東京国際フォーラムホールA
12月9日(土)岡山・岡山芸術創造劇場ハレノワ大劇場
12月10日(日)広島・JMSアステールプラザ大ホール
12月12日(火)大阪・フェスティバルホール
12月13日(水)名古屋・日本特殊陶業市民会館(名古屋市民会館)
12月15日(金)北海道・札幌文化芸術劇場hitaru
12月17日(日)岩手・盛岡市民文化ホール
12月19日(火)大阪・なんばHatch *スタンディング公演
12月21日(木)東京・東京国際フォーラムホールA
文/ マメタ・オサム
photo/ 宮地たか子
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