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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#031 目論見どおりにいかなかったからこそ生まれた現代音楽的名演~キース・ジャレット『ザ・ケルン・コンサート』編

“現在のジャズ”にアンテナを張っている20代前半の人たちが、ロバート・グラスパーやシャイ・マエストロといったピアニストの動向に敏感であるように、1980年代初頭のボクがそのころに注目していたのは、キース・ジャレットでした。

ボクが最初にキース・ジャレットを意識したのは、同好の士である友人から「俺は聴かないからオマエに譲る」と渡された『ザ・サバイバーズ・スイート(邦題:残氓)』でした。

彼はビル・エヴァンス系のピアノ・スタイルを好んで聴いており、キース・ジャレットもビル・エヴァンス系と(当時は)されていたことからそのアルバムを買ったらしいのですが、フリー・ジャズの要素が強かったその内容に辟易したようで、「コルトレーンの『至上の愛』が最高だねっ!」と(当時は)息巻いていたボクにトレードを申し出た、というわけです。

ちなみに、そのとき彼に譲ったのは、ボクが(当時は)イマイチ甘すぎると感じてもてあましていたビル・エヴァンスの『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』だったはず……。

それ以降、キース・ジャレットにハマることになったボクでしたが、キース・ジャレットがジャック・ディジョネットとゲイリー・ピーコックとともに結成した“スタンダーズ”のアルバム『スタンダーズ Vol.1』(1983年)がリリースされるまでは、“ソロ・ピアノの人”というイメージが強かったでしょうか。

であるならば、そのソロ作品のうちどれを所有していればマウントが取れるかを考えてみたところ、その答えは1976年に収録された『サンベア・コンサート』(1978年)に尽きたわけなのですが、なにせLP10枚組だったので金欠学生には手が出せず(だからマウンティング効果があったのでしょう)、なんとか頑張って手に入れたのが本作でした。

が、その選択がドハマリして、数年後に自分の結婚披露宴の入場BGMにするまでになったという話はまた別の機会に語るとして(えっ?それは要らないですか……)、本作の魔力を改めて考えてみたいと思います。


ザ・ケルン・コンサート/キース・ジャレット

アルバム概要

1975年1月24日、ドイツ・ケルンのオペラハウスで収録されたライヴ音源による作品です。

オリジナルはLP盤2枚組で、4面のうちA面にパートI、B~D面にパートIIを3つに分けて収録しています(正確にはB~C面で1曲と、D面の1曲)。

こうした曲の分割は、LP盤が物理的に最長で片面25分までしか溝を刻むことができないために行なわれたことで、演奏者やレコード会社に他意はありません。

CD化では全パートが1枚に収められて発売されました(演奏時間は1時間6分ほどで、曲間の無音時間を入れても一般的なCDの最大収録時間である1時間14分より短いため)。

メンバーはもちろん、ピアノのキース・ジャレットひとりだけ。

曲はすべてキース・ジャレットによる完全即興、オリジナルです。

“名盤”の理由

キース・ジャレットは、1975年に米ペンシルベニア州で生まれました。

8歳で自ら作った曲を世間に披露するという早熟のキャリアをスタートさせ、20歳になるとアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズに加わり、そのすぐあとに参加したチャールス・ロイドのカルテットのメンバーとしてジャズ・シーンでも注目を浴びるようになります。

1970年にはマイルス・デイヴィスによるエレクトリック・バンドの主要メンバーとして活動しますが、2年ほどで脱退。

そのタイミングで始めたのが、あらかじめなにをどのように演奏するかを決めない、“完全即興”のピアノ・ソロ・コンサートでした。

このコンサート・シリーズは好評を博し、キース・ジャレットは世界各地でソロ演奏を行なうようになります。

そして、1973年のドイツ・ブレーメンとスイス・ローザンヌでのステージを収録したLP3枚組の『ソロ・コンサート』を皮切りに、アルバムとしてもリリースされるようになったのです。

その『ソロ・コンサート』に続く第2弾が、本作になります。

“ジャズはアドリブ=即興”と言われながら、実際にはコーラスの小節数やコード進行の枠組みなどの制約があり、そうした“前提”をよりどころにして曲を組み立てていくことが一般的なので、フリー・ジャズを除いて完全に即興で行なわれることはありません。

しかしキース・ジャレットは、そうした呪縛を絶妙に回避しながら、フリー・ジャズのような抽象的な音楽表現に傾きすぎないピアノ曲を成立させるというアプローチに挑戦し続け、それを単発(あるいは断片的)で終わらせなかったことによって、ジャズ界のみならず音楽シーン全体に衝撃を与えたのです。

いま聴くべきポイント

キース・ジャレットがソロ・コンサートでやろうとしていたのは、エンタテインメントとして確立したモダン・ジャズの香りを残しながら、1960年代にムーヴメントを巻き起こしたフリー・ジャズが突き当たってしまった形骸化した無秩序を避けつつ、いかに時代が求める“自由”を音として表現できるか──だったのではないかと、ボクは思っています。

屁理屈をこねれば、人間をかたちづくる細胞は、脳などの一部を除いて順次更新・再生されているので、昨日の“私”と明日の“私”は厳密には“同じ”とは言えません。

であれば、同じ曲を本人がまったく同じように演奏したとしても、それは“同じではない”とも言えるわけです。

ところが、その“違い”は他人からは認識されにくく、したがって“同じではない”ことも“同じ”に見えてしまうというジレンマを抱えることになります。

そうしたジレンマを解消するために、コンセプト・アート的な発想によって誕生したのが、キース・ジャレットのソロ・コンサート・シリーズだったのではないか、と考えたわけです。

また、異常なまでの緊張感を強いるステージング(演奏中の咳払いや拍手を嫌い、ときには演奏を中断してしまうことも多々あったのです)も、インスタレーションとしてのパフォーマンスだったからと考えれば、うなずけなくもありません(観客にも従来の鑑賞スタイルではなく、そのパフォーマンスにおける“参加者”としての意識をもたせるというコンセプトに沿った“演出”だったということですね)。

そう考えると、“名盤”と呼ばれるようになった本作は、何度でも繰り返し聴けるほど整ってしまったことによって、キース・ジャレットが本来意図していたことを薄めてしまった作品──と言えるかもしれません。

つまり、本人的には失敗パフォーマンスだったからこそ“名盤”になることができた、ということになっちゃうわけなのですが……。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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