
今月の音遊人
今月の音遊人:木嶋真優さん「私は“人”よりも“音楽”を信用しているかもしれません」
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音や音楽の“聴こえ”をサポートし、豊かな人生を届ける/補聴器を世の中に広める仕事
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2025.3.26
音の“聴こえ”を補ってくれる補聴器。その存在は広く認知されているが、詳細や最新情報となると知っている人はそう多くないかもしれない。
実は、補聴器を愛用し活動している音楽家も存在しているそうだ。“すべての人が音や音楽を楽しみ、豊かな人生を送るために”。補聴器の普及に尽力するワイデックス株式会社の芦田勝政さんと千葉和美さんに、その仕事内容をうかがった。
ワイデックスは、世界シェア第3位の規模を誇る補聴器メーカーのブランドで、福祉大国デンマークに本社を置く。「すべての人たちに自然な聞こえを」をブランドプロミスに掲げ、1956年の創業以来、音づくりを徹底的に追求してきた。「自然で聞きやすい音」に定評があり、日本を含め世界100か国以上で高い支持を得ている。
しかし、日本における補聴器の普及率はまだまだ低い。欧米では難聴者とされる人の40~50%が使用しているのに対し、日本ではわずか15%にとどまっているのが現状だ。視力が落ちたらメガネをかけることは自然だが、聴こえにくくなったけれど、補聴器はちょっと……と、ハードルが高いのがここ日本だ。
「その理由のひとつが、補聴器に対するネガティブなイメージです。さらに、人に指摘されても『自分はまだそんな歳じゃない』『聴こえている』と難聴を認めない方や、日本人の気質として『歳なんだから仕方ない』と諦める方もいらっしゃいます。日本語は母音の要素が強い言語であるため、聴こえていなくてもなんとなく意味が通じてしまうということもあるでしょう」
マーケティング部オーディオロジーの芦田勝政さんは、そう指摘する。そのため、聴こえにくさを自覚してから補聴器を購入するまで平均2~3年、長い人では10年もかかるそうで、補聴器を着け始める年齢は、欧米は平均65歳なのに対し、日本は74歳と大きな開きがある。
「難聴は認知症やうつになるリスクがあるとWHO(世界保健機関)や厚生労働省でも注意喚起をしています。そこで、補聴器の正しい情報の普及やネガティブイメージの払拭が必要だと考えています。補聴器によって自由になり、人生が輝くためのお手伝いをさせていただくことが私たちの仕事です」
広報担当の千葉和美さんはそう話す。
芦田勝政さん(左)と千葉和美さん(右)。
最近では集音器も広く出回っているが、実は似て非なるものだ。集音器はいわば一般家電なのに対して、補聴器は医療機器。だからこそ、正しい情報を提供して啓蒙・啓発活動を行い、普及に努めなければならない。
「最初の一歩を踏み出せない方に加え、補聴器を購入したとしてもその後ドロップアウトしてしまう方も少なくありません。補聴器を着けたら魔法のようにたちまち聴こえるようになると高い期待を抱く方が多いのですが、実際は慣れるまで2~3週間、長い方では半年ほどかかるんです。そうしたご説明を丁寧に発信していくことで、途中でやめてしまう方を減らすことができればと考えています」(千葉さん)
補聴器を販売するのは、専門店やメガネ店、百貨店などの販売店で、まずはここで左右それぞれの聴力を測定。同じ聴力でも、人によって音の感じ方が異なり、耳の形や大きさによって鼓膜に当たる音の大きさも変わるため、一人ひとりに音を合わせるフィッティング調整が欠かせない。それらを行う販売員への情報提供や指導、サポートをするのもオーディオロジー担当である芦田さんの役目。さらに、医師との連携や自社の営業部教育も仕事のひとつである。
「耳の解剖学を含め医療や音響学などの知識が必要です。でも最も大切なのは、音に対するイメージをしっかり持つこと。たとえば、お客さまが『うるさい』とおっしゃったとき、どんな音がうるさいのか……。大きな音がうるさいだけでなく、小さな音が聴こえ過ぎていることもありますし、低音なのか高音なのかによっても調整は変わってきます。今の補聴器は細かく調整できるので、だからこそ見えない音を可視化できるスキルが大切です」(芦田さん)
加えて、お客さまとのコミュニケーション能力も重要だと考える。
「相手の意図を汲み取って見えないニーズや潜在ニーズにまで入り込み、こちらもきちんと表現して伝えることが求められますね」(千葉さん)
新製品セミナーをはじめ、各種セミナーに登壇し、“自然な聴こえ”を通して生活の質を向上できる補聴器装用の啓蒙・啓発活動に取り組んでいる(左)。聴覚医学会や補聴器フォーラムなどのイベントで紹介している製品や資料(中・右)。
実は近年の補聴器は、驚くほど進化している。ワイデックスの場合、ほとんどの製品にAIは標準搭載。今いる環境を把握し、耳を傷めないレベルを保ちながら一人ひとりに合わせた最適な音を常に届ける。
「何もしなくても補聴器が音質や音量を調整してくれるのですが、ワイデックスの補聴器はスマートフォンのアプリで自分の好みを設定し、AIをさらに成長させることもできます。たとえば音楽が流れるカフェに入ったとします。ゆっくり読書したい、友だちとおしゃべりしたい、流れているクラシック音楽を聴きたい。同じ環境でもやりたいことは人それぞれですよね。世界中のビッグデータを蓄積することで、質問に答えるだけで好みに合わせたセッティングをAIが提案。さらに次回も同じシチュエーションならば、学習して自動的に設定してくれるんです」(芦田さん)
電池交換の必要がない充電式補聴器や、スマホとつなげて快適に通話や音楽を楽しめるBluetooth補聴器も最近のトレンド。なかでも、前述のAIを成長させる機能を備えたフラッグシップシリーズの「モーメント」は累計販売数が十万台を超えるロングセラーとなっている。
独創的な技術と画期的な製品で業界を牽引し、「言葉をつかまえる力が強い」と評価される同社の補聴器だが、実は“音楽を聴く”機能にも注力している。
「20年以上前から音楽専用のモードも設けていました。言葉だけが聴こえればいいという考えではなく、人生の楽しみにおいて音楽はとても大切であることを意識して補聴器をつくってきました」(芦田さん)
本来、補聴器にとって音楽は会話の妨げになるものとして捉えられている。会話と音楽が共存する際、会話を持ち上げる一方で音楽を抑えるのが基本的な仕様だ。しかし、ワイデックスは独自の構造により、音楽との相性がいいのだという。
「クラシック音楽のコンサートはハウリングや音が混ざってしまうことが怖くて行けなかったという補聴器装用者の同僚と、初めてオーケストラの演奏を聴きに行ったんです。それぞれの楽器の音がどの場所で鳴っているかがきちんとわかる!と感動していました」(千葉さん)
同社の補聴器は、多くの音楽家たちも愛用。ジャズトランぺッターの日野皓正さんは、ワイデックスの「サウンドパートナー」を務めるひとりだ。
千葉さんには忘れられない出来事がある。ブルーノート東京での日野さんのライブにユーザーを招待したときのことだった。ひとりで参加した93歳の男性は、若いころニューヨークで暮らし、ブルーノートで日野さんのトランペットを聴いたことがあったという。「補聴器を着けて、何十年ぶりにまた聴くことができて本当にうれしい」と感激したそうだ。
取材当日はデモ用の製品・機器を使用し、“聴こえ”の体験をさせていただいた。日常にある音がありのままに聴こえる表現力と音質の良さに驚かされた。
ふたりはこの仕事に就いて20年以上。商社の営業として社会人のスタートを切り、その後転職した芦田さんは「お客さまに喜んでもらえることがうれしくて、気が付けばもう20数年です」と笑う。
「お客さまからの感謝の気持ちがこの仕事の大きなやりがい。補聴器の普及が何を差し置いても第一だと考えています」
おふたりのそんな言葉が、“補聴器の伝道師”としての使命感を物語っている。
芦田さんにお聞きしました。
Q.子どものころになりたかった職業は?
A.小さいころから車が好きで、よくミニカーで遊んでいました。ですから、車の設計をやってみたかったですね。学生のころはバイクに乗ってあちこちに行っていたのですが、当時はメンテナンスというか、自分でばらして部品交換したりしていました。
Q.好きな音楽のジャンルは?
A.レベッカやSuperflyなどの女性ボーカルが好きでしたが、年齢を重ねてからはジャズを聴くようになりましたね。自宅では、ラジオを流していることが多いです。大阪出身で、大阪のラジオ局「FM802」は開局以来30年以上にわたるファン。今はインターネットラジオで聴いています。
Q.趣味はありますか?
A.野球観戦です。大阪出身なので当然阪神タイガースが好きですが、東京に来てからは高校や大学、社会人などアマチュア野球にも開眼し、予選まで観に行くようになりました。関西にいる妻と娘も私より“ガチな”野球ファンで、野球観戦のために上京してくるほどです。
Q.好きな言葉は?
A.フランス語で存在意義を意味する「Raison d’être(レゾンデートル)」という言葉が好きです。今やっている仕事もそうですが、自分がここにいる意義があればいいといつも思っています。
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文/ 福田素子
photo/ 坂本ようこ(1~3、7~9枚目)
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