Web音遊人(みゅーじん)

出口大地

大切なのは指揮台の上で取り繕わず、裸になること/出口大地インタビュー

2021年、ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門で日本人として初めて優勝。翌2022年には東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に大抜擢され、日本デビューを果たした出口大地。指揮者としての実力はもちろん、異色の経歴や人柄でもその存在感を示す。
鮮烈なデビューから2年、2024年も東京フィルの定期演奏会をはじめ、数々の公演でタクトを執る気鋭の若手指揮者に注目が集まる。

自分の頑張りひとつでみんなが笑顔になれる

「正直に言うと、なぜ自分にオファーが来たのだろう?と驚きました。9割5分がプレッシャーでしたね」
2022年7月、日本デビューとなった東京フィル定期初出演をそう振り返る。しかし、出口が提案したオール・ハチャトゥリアンのプログラムは大成功を収め、彼の名をさらに世に知らしめることとなった。
センセーショナルなコンクールでの優勝と鮮烈なデビューゆえ、出口といえばハチャトゥリアンというイメージを持つ人は多いだろう。しかし、特別に好きというよりは、すっと自然に体に入ってくる作曲家なのだという。
「大和魂に触れるというか。民族的なところや和太鼓を彷彿とさせるパーカッシブなところが、自分のDNAに響くものがあります。高校時代、吹奏楽部のコンクールの自由曲がハチャトゥリアン『ガイーヌ』だったのですが、それを十数年後にプロのオーケストラとやるなんて、思いもしませんでした」
音楽好きの両親のもとで育ち、幼少期からピアノを、高校時代に入部した吹奏楽部では「ひねくれ者だから、みんながやりたがらない楽器を」との理由からホルンに打ち込んだ。しかし、そのまま音楽の道へ進んだわけではない。大学は弁護士を目指して法学部に進学し、法律を学ぶ。
「法律の勉強は好きでしたが、自分は争いが嫌いなので弁護士は向いていないと気づきました。でも、音楽と法律はとても近いと思います。楽譜も法律も解釈の余地があり、自分なりの筋道を立て、それを発表したり他人と議論したりするというアプローチが必要です。法律を学んだ経験は、楽譜を読む際の考え方に大きな影響を与えていると考えています」
法律の勉強に励むかたわら、軽音サークルに属してギターとベースを担当。さらに、自ら吹奏楽団を立ち上げてホルン奏者として活動した。ある日、休んだ指揮者のかわりに振ったのが指揮者としてのデビュー。高評を得て、演奏会でもタクトを執るようになった。
「自分が頑張れば、今日の練習は楽しかったとみんな言ってくれるし、演奏会でもお客さんが良かったと言ってくれる。自分の頑張りひとつでみんなが笑顔になれる、とてもすばらしい仕事だと感じました。これをやりたい、やろう!と思いましたね」
今や押しも押されもせぬ人気指揮者のそんな言葉には、純粋に音楽を楽しみ、愛する心がにじむ。

出口大地

この夏から秋に注目したい3公演

多くのオーケストラからオファーを受ける出口だが、2024年夏から秋にかけても注目の公演が続く。
8月18日(日)は「読響サマーフェスティバル2024《三大交響曲》」。シューベルト『交響曲第7番「未完成」』、ベートーヴェン『交響曲第5番「運命」』、ドヴォルザーク『交響曲第9番「新世界から」』というプログラムだ。
「読響さんは日本を代表するすばらしいオーケストラであり、エネルギーもすごい。そのエネルギーにいい意味でぶつかって、直球勝負でやれればと思っています」
9月21日(土)には、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の「ティアラこうとう定期演奏会」が開催される。
「ハチャトゥリアンの『スパルタクス』は、積極的に広めていきたい曲です。ショスタコーヴィチ『交響曲第5番』は名曲であり、多義的な解釈ができる作品なので、どのようにイメージを膨らませてアプローチできるのか楽しみです」
そして、10月5日(土)の「日本フィルハーモニー交響楽団 横浜定期演奏会」は前述の『スパルタクス』のほか、ロシア系の作品も聴きどころ。とくに出口が振る『展覧会の絵』に期待が高まる。

民俗的な情趣と舞曲のリズムとそこに込めた思い

「東京フィルハーモニー交響楽団 2024シーズン定期演奏会」は、10月17日(木)のサントリーホールを皮切りに18日(金)のオペラシティ、20日(日)のオーチャードホールの3公演。アルメニアのハチャトゥリアンからトルコのファジル・サイ、ハンガリーのコダーイにたどり着くという非常に興味深いプログラムが用意されている。
「ユーラシアプログラムといいますか……民族色の強い作品なので、日本人のDNAに訴えるものがあると思います」
この公演には、裏テーマもある。コダーイの『ガランタ舞曲』の素材は1800年代にウィーンで出版された「ガランタ・ジプシー舞曲集」であり、18世紀のハンガリーで新兵募集のために使われた「ヴェルブンコシュ」という舞踊音楽の様式を用いて作曲されている。
ハンガリー民謡『「孔雀は飛んだ」による変奏曲』の主題「孔雀は飛んだ」は、かつてオスマン帝国の支配下で鎖なき囚人といわれた人々の自由への情熱や渇望を歌にした民謡。コダーイの2曲は、いずれも争いがテーマだ。加えて、今回のプログラムに選んだアルメニアとトルコは国境を接しており、歴史認識問題などを抱えている。
「紛争やいがみ合いを超えてひとつになれるのが音楽だと思います。今回の選曲には反戦の気持ちや自由に対する思いが眠っていて、それが全体の大きな裏テーマです。世界に目を向け、自由や反戦のために音楽になにができるかというメッセージを伝えられたらと思っています」
民俗的な情趣と舞曲のリズムを、出口がどう聴かせてくれるのか。メッセージをいかにして届けてくれるのか楽しみだ。
「常に心がけているのは、指揮台で取り繕わないこと。広上淳一先生が授業で『お前はここでパンツを脱げるか、俺は脱げるぜ』とおっしゃったことがありました。これは今でも金言であり、指揮台の上で裸になることは大切だと思っています。一緒に音楽をつくるうえで、自分がまずオープンになることに努めています」
この先続いていく未来に、出口はどんな夢を見ているのだろう。
「アバドが指揮するルツェルン祝祭管の演奏がとても好きです。みんなアバドという人の音楽性や人柄に共感して集まり、ひとつになり、一瞬一瞬で音楽を楽しんでいます。その空気感に憧れているので、人生の最後にそういうオーケストラができたらいいですね」

出口大地

■2024年公演

8月18日(日)東京 大成建設 presents 読響サマーフェスティバル2024《三大交響曲》/東京芸術劇場 コンサートホール
9月21日(土)東京 東京シティ・フィルハーモニック 管弦楽団第78回ティアラこうとう定期演奏会/ティアラこうとう(江東公会堂)大ホール
10月5日(土)神奈川 日本フィルハーモニー交響楽団 第401回横浜定期演奏会/横浜みなとみらいホール

■東京フィルハーモニー交響楽団 2024シーズン定期演奏会

10月17日(木)東京 第1006回サントリー定期シリーズ/サントリーホール 大ホール
10月18日(金)東京 第165回東京オペラシティ定期シリーズ/東京オペラシティ コンサートホール
10月20日(日)東京 第1007回オーチャード定期演奏会/Bunkamuraオーチャードホール
詳細はこちら

オフィシャルFacebook オフィシャルX(旧Twitter)

photo/ 阿部雄介

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:荻野目洋子さん「引っ込み思案だった私は、音楽でならはじけることができたんです」

9644views

ハイドン「交響曲第101番《時計》」とONE OK ROCK、ロンドンで成功、世界の時を刻むクロック

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase37)ハイドン「交響曲第101番《時計》」とONE OK ROCK、ロンドンで成功、世界の時を刻むクロック

3308views

reface シリーズ

楽器探訪 Anothertake

ひざの上に乗せてその場で音が出せる!新感覚のシンセサイザー「reface」シリーズ

16078views

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

楽器のあれこれQ&A

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

10197views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

9735views

一日の始まりを明るく元気な音楽で彩る/朝の情報番組のエレクトーン奏者の仕事

オトノ仕事人

一日の始まりを明るく元気な音楽で彩る/朝の情報番組のエレクトーン奏者の仕事

796views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

4869views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

11412views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

25508views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

5640views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

5460views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12062views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

10705views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

22011views

音楽ライターの眼

ベートーヴェンの苦闘からシューマンの夢幻へ。仲道郁代 スペシャル・コンサート~フォルクハルト・シュトイデ(バイオリン)を迎えて~

4799views

オトノ仕事人

プラスマイナス0.05ヘルツまで調整する熟練の技/音叉を作る仕事

40142views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

5482views

v

楽器探訪 Anothertake

弾く人にとっての理想の音を徹底的に追究したサイレントバイオリン™

7923views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

4869views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

6776views

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法 - Web音遊人

楽器のあれこれQ&A

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法

18001views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8876views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35419views