今月の音遊人
今月の音遊人:千住真理子さん「いろいろな空間に飛んでいけるのが音楽なのですね」
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大切なのは指揮台の上で取り繕わず、裸になること/出口大地インタビュー
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2024.7.17
tagged: インタビュー, 東京フィルハーモニー交響楽団, 指揮者, 出口大地
2021年、ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門で日本人として初めて優勝。翌2022年には東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に大抜擢され、日本デビューを果たした出口大地。指揮者としての実力はもちろん、異色の経歴や人柄でもその存在感を示す。
鮮烈なデビューから2年、2024年も東京フィルの定期演奏会をはじめ、数々の公演でタクトを執る気鋭の若手指揮者に注目が集まる。
「正直に言うと、なぜ自分にオファーが来たのだろう?と驚きました。9割5分がプレッシャーでしたね」
2022年7月、日本デビューとなった東京フィル定期初出演をそう振り返る。しかし、出口が提案したオール・ハチャトゥリアンのプログラムは大成功を収め、彼の名をさらに世に知らしめることとなった。
センセーショナルなコンクールでの優勝と鮮烈なデビューゆえ、出口といえばハチャトゥリアンというイメージを持つ人は多いだろう。しかし、特別に好きというよりは、すっと自然に体に入ってくる作曲家なのだという。
「大和魂に触れるというか。民族的なところや和太鼓を彷彿とさせるパーカッシブなところが、自分のDNAに響くものがあります。高校時代、吹奏楽部のコンクールの自由曲がハチャトゥリアン『ガイーヌ』だったのですが、それを十数年後にプロのオーケストラとやるなんて、思いもしませんでした」
音楽好きの両親のもとで育ち、幼少期からピアノを、高校時代に入部した吹奏楽部では「ひねくれ者だから、みんながやりたがらない楽器を」との理由からホルンに打ち込んだ。しかし、そのまま音楽の道へ進んだわけではない。大学は弁護士を目指して法学部に進学し、法律を学ぶ。
「法律の勉強は好きでしたが、自分は争いが嫌いなので弁護士は向いていないと気づきました。でも、音楽と法律はとても近いと思います。楽譜も法律も解釈の余地があり、自分なりの筋道を立て、それを発表したり他人と議論したりするというアプローチが必要です。法律を学んだ経験は、楽譜を読む際の考え方に大きな影響を与えていると考えています」
法律の勉強に励むかたわら、軽音サークルに属してギターとベースを担当。さらに、自ら吹奏楽団を立ち上げてホルン奏者として活動した。ある日、休んだ指揮者のかわりに振ったのが指揮者としてのデビュー。高評を得て、演奏会でもタクトを執るようになった。
「自分が頑張れば、今日の練習は楽しかったとみんな言ってくれるし、演奏会でもお客さんが良かったと言ってくれる。自分の頑張りひとつでみんなが笑顔になれる、とてもすばらしい仕事だと感じました。これをやりたい、やろう!と思いましたね」
今や押しも押されもせぬ人気指揮者のそんな言葉には、純粋に音楽を楽しみ、愛する心がにじむ。
多くのオーケストラからオファーを受ける出口だが、2024年夏から秋にかけても注目の公演が続く。
8月18日(日)は「読響サマーフェスティバル2024《三大交響曲》」。シューベルト『交響曲第7番「未完成」』、ベートーヴェン『交響曲第5番「運命」』、ドヴォルザーク『交響曲第9番「新世界から」』というプログラムだ。
「読響さんは日本を代表するすばらしいオーケストラであり、エネルギーもすごい。そのエネルギーにいい意味でぶつかって、直球勝負でやれればと思っています」
9月21日(土)には、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の「ティアラこうとう定期演奏会」が開催される。
「ハチャトゥリアンの『スパルタクス』は、積極的に広めていきたい曲です。ショスタコーヴィチ『交響曲第5番』は名曲であり、多義的な解釈ができる作品なので、どのようにイメージを膨らませてアプローチできるのか楽しみです」
そして、10月5日(土)の「日本フィルハーモニー交響楽団 横浜定期演奏会」は前述の『スパルタクス』のほか、ロシア系の作品も聴きどころ。とくに出口が振る『展覧会の絵』に期待が高まる。
「東京フィルハーモニー交響楽団 2024シーズン定期演奏会」は、10月17日(木)のサントリーホールを皮切りに18日(金)のオペラシティ、20日(日)のオーチャードホールの3公演。アルメニアのハチャトゥリアンからトルコのファジル・サイ、ハンガリーのコダーイにたどり着くという非常に興味深いプログラムが用意されている。
「ユーラシアプログラムといいますか……民族色の強い作品なので、日本人のDNAに訴えるものがあると思います」
この公演には、裏テーマもある。コダーイの『ガランタ舞曲』の素材は1800年代にウィーンで出版された「ガランタ・ジプシー舞曲集」であり、18世紀のハンガリーで新兵募集のために使われた「ヴェルブンコシュ」という舞踊音楽の様式を用いて作曲されている。
ハンガリー民謡『「孔雀は飛んだ」による変奏曲』の主題「孔雀は飛んだ」は、かつてオスマン帝国の支配下で鎖なき囚人といわれた人々の自由への情熱や渇望を歌にした民謡。コダーイの2曲は、いずれも争いがテーマだ。加えて、今回のプログラムに選んだアルメニアとトルコは国境を接しており、歴史認識問題などを抱えている。
「紛争やいがみ合いを超えてひとつになれるのが音楽だと思います。今回の選曲には反戦の気持ちや自由に対する思いが眠っていて、それが全体の大きな裏テーマです。世界に目を向け、自由や反戦のために音楽になにができるかというメッセージを伝えられたらと思っています」
民俗的な情趣と舞曲のリズムを、出口がどう聴かせてくれるのか。メッセージをいかにして届けてくれるのか楽しみだ。
「常に心がけているのは、指揮台で取り繕わないこと。広上淳一先生が授業で『お前はここでパンツを脱げるか、俺は脱げるぜ』とおっしゃったことがありました。これは今でも金言であり、指揮台の上で裸になることは大切だと思っています。一緒に音楽をつくるうえで、自分がまずオープンになることに努めています」
この先続いていく未来に、出口はどんな夢を見ているのだろう。
「アバドが指揮するルツェルン祝祭管の演奏がとても好きです。みんなアバドという人の音楽性や人柄に共感して集まり、ひとつになり、一瞬一瞬で音楽を楽しんでいます。その空気感に憧れているので、人生の最後にそういうオーケストラができたらいいですね」
8月18日(日)東京 大成建設 presents 読響サマーフェスティバル2024《三大交響曲》/東京芸術劇場 コンサートホール
9月21日(土)東京 東京シティ・フィルハーモニック 管弦楽団第78回ティアラこうとう定期演奏会/ティアラこうとう(江東公会堂)大ホール
10月5日(土)神奈川 日本フィルハーモニー交響楽団 第401回横浜定期演奏会/横浜みなとみらいホール
10月17日(木)東京 第1006回サントリー定期シリーズ/サントリーホール 大ホール
10月18日(金)東京 第165回東京オペラシティ定期シリーズ/東京オペラシティ コンサートホール
10月20日(日)東京 第1007回オーチャード定期演奏会/Bunkamuraオーチャードホール
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文/ 福田素子
photo/ 阿部雄介
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