Web音遊人(みゅーじん)

川井郁子さん

今月の音遊人:川井郁子さん「私にとっての“いい音楽”とは、別世界へ気持ちを運んでくれる翼です」

クラシックの第一線を走り続けながら、ジャンルを自在に往来し、独自の音楽活動を展開するバイオリニストの川井郁子さん。作曲家としても才能を発揮するほか、舞台芸術と一体化した演奏パフォーマンスなどにも注目が集まっています。その自由な感覚と独特の世界観は、どこから生まれているのか。影響を受けたアーティストや音楽への思いをうかがいました。

Q1.これまでの人生の中で、一番多く聴いた曲は何ですか?

一曲をあげるのは難しいのですが、タンゴの革命児といわれるアストル・ピアソラの作品を一番多く聴いていると思います。あるピアニストにすすめられて彼のCDを聴いたときには、それまで感じたことがないような衝撃を受けました。静けさのなかにある激しさというか、内省的な情熱というか……胸をわし掴みにされるような魂の叫びを感じましたね。
そのころの私はイギリスでデビューの機会をいただいて活動していたのですが、音楽家として存在することの必然性について悩んでいました。バイオリニストは他の人でもいいのではないかと思ったり、バイオリンを道具のように感じてしまったり。学生時代から、自分にしかできないもの、私らしいものをやらなければ意味がないという考えが強かったんです。
そんなタイミングで聴いたので、余計に感動したのかもしれません。ピアソラは、これまでにない完全に独自のジャンルをつくり上げていました。ああ、こんな道があるんだ!と答えをもらったような気持ちになりました。
音楽のジャンルは枠に当てはめたり、誰かが決めたりするものではなく、演奏家自身がつくるもの。自らが持っているものからしか始まらない。生身の自分を音楽で開放するという感覚を教えてくれたのがピアソラでした。
その後、私も音楽をつくり始めたときには、改めてそのすごさを感じましたね。今でも憧れのアーティストであり、目指せば目指すほど遠くなる存在です。

Q2.川井さんにとって「音」や「音楽」とは?

私にとっての“いい音楽”とは、別世界へ気持ちを運んでくれる翼です。聴き手としてはもちろんですが、弾き手としてよりそれを強く感じるかもしれません。
私は6歳のときにラジオから流れてきたマックス・ブルッフのバイオリン協奏曲を聴いてその音色に惹かれ、バイオリンを始めました。低音を多用して聴かせる曲なのですが、ふだんの私の声に近かったのか、共鳴するものがあったのだと思います。
自分にはバイオリンという楽器が一番向いていると考えたわけでもないし、そのころはプロになるとは誰も思っていなかったでしょうけれど、とにかくバイオリンを弾いている時間が好きでした。弾いていると、いつでも違う世界へ行くことができる。好きな絵を譜面台に置いて弾いたりもしていましたね。そうすると、その絵からどんどん想像が広がって、より音楽を楽しめるんです。
今でも、演奏しながら音に誘われて気持ちが飛翔したり、満たされたり、あるいは昔の切ない思いが蘇ってきたり。「音楽」は別世界へと誘ってくれる大切な存在です。

川井郁子さん

Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人を想像しますか?

“自分の感性で音から何かを生み出す人”ですね。頭のなかでの空想でもいいし、身体表現でもいい……音から何か別のものをクリエイトする人たちだと思います。
たとえば、フィギュアスケートの選手の方々もそうなのではないでしょうか。数人の選手が私の楽曲を使用してくださっているのですが、最初に使ってくださったのは世界選手権で1位に輝いたミシェル・クワン選手。『レッド・ヴァイオリン』に乗せた華麗な演技を見たとき、自分の音楽が別の世界をつくっていることに驚きました。荒川静香選手には『夕顔~源氏物語より~』を使っていただいたのをきっかけに、アイスショーで共演させていただいたこともあります。音から魂が乗り移ったかのようなゾクゾクする演技は忘れられません。羽生結弦選手は、チャイコフスキーの『白鳥の湖』をモチーフにした『ホワイト・レジェンド』を長く使ってくださっていますが、彼の表現は私がこの曲をアレンジしたときに思い描いていた想像をはるかに上回るすばらしいもので感動しました。
音があると空想して遊べる私も「音で遊ぶ人=音遊人」かもしれませんね。「音遊人」としてチャレンジしたいのは、ピアソラが新しい音楽をつくり上げたように新しい音楽舞台をつくり上げること。現在、大好きな和楽器とともにホログラムを使った舞台を構想中です。ピアソラの代名詞のように言われた“革命児”。私は、それに憧れているのだと思います。すばらしいオペラやミュージカルはたくさんありますが、これまでになかった形式の説得力のある舞台をつくりたいと強く思っています。

川井郁子〔かわい・いくこ〕
ヴァイオリニスト 、作曲家。香川県出身。東京藝術大学卒業。同大学院修了。現在、大阪芸術大学(演奏学科)教授。指揮者チョン・ミョンフンや、テノール歌手ホセ・カレーラスなどの世界的音楽家たちと共演。2008年ニューヨークのカーネギーホール公演にてアメリカデビュー。2013年映画「北のカナリアたち」で第36回日本アカデミー賞・最優秀音楽賞を受賞。デビュー15周年の2015年には、パリ・オペラ座公演を成功させ、国内外を問わず、精力的に活動している。

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:西村由紀江さん「誰かに寄り添い、心の救いになる。音楽には“力”があります」

8748views

音楽ライターの眼

クシシュトフ・ペンデレツキ(1933 – 2020)追悼と映画音楽への貢献

7209views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカで音楽好きの子どもを育てる

14541views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

24134views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8712views

トーマス・ルービッツ

オトノ仕事人

アーティストに寄り添い、ともに楽器の開発やカスタマイズを行うスペシャリスト/金管楽器マイスターの仕事

2254views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

15163views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

11172views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

12250views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

9930views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5997views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10551views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

11977views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

23931views

アレクサンドル・タロー ピアノ・リサイタル

音楽ライターの眼

その夜、《ゴルトベルク変奏曲》はフランス語で”演じられた”/アレクサンドル・タロー ピアノ・リサイタル

5743views

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

6391views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

11219views

YEV104PRO/YEV105PRO

楽器探訪 Anothertake

音色と響きを磨き上げたステージ仕様の上位モデル、 エレクトリックバイオリン「YEV104PRO/YEV105PRO」

1907views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

7524views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7332views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

5763views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9226views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26345views