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今月の音遊人:諏訪内晶子さん「音楽の素晴らしさは、人生が熟した時にそれを音で奏でられることです」
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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#040 多様化するジャズ・シーンに漕ぎ出すためのロマンと挑戦を詰め込んだ作品~ハービー・ハンコック『処女航海』編
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2024.7.3
tagged: ハービー・ハンコック, 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, 処女航海
1979年7月26日、ボクは東京・田園調布の田園コロシアムという多目的屋外スタジアムにいました。
その日はその場所でコンサートが予定されていたのですが、開演直前に激しい雨が降り始め、果たしてちゃんと行なわれるのか、不安を抱きながら待っていました。
幸いコンサートは中止にならず、ステージに登場したV.S.O.P.クインテット(フレディ・ハバード/トランペット、ウエイン・ショーター/ソプラノ・サックス&テナー・サックス、ハービー・ハンコック/ピアノ、ロン・カーター/ベース、トニー・ウィリアムス/ドラムス)の熱演に圧倒されることになります。
そのときずぶ濡れになりながら観て聴いた『ジ・アイ・オブ・ザ・ハリケーン』のかっこよかったことといったら……。それまで1950年代や60年代の“遺産”であるレコードによって疑似体験してきたジャズが、ボクのなかでリアルなものとして存在するきっかけになったライヴでした。
今回は、その14年前に『ジ・アイ・オブ・ザ・ハリケーン』を収録してリリースされたアルバム『処女航海』の解釈をヴァージョンアップしていきましょう。
1965年3月に米ニュージャージー州のスタジオで収録。
オリジナルはLP盤で、A面3曲B面2曲の計5曲で構成されています。CD化でも同曲数同曲順になっています。
メンバーは、リーダーがピアノのハービー・ハンコック、トランペットがフレディ・ハバード、テナー・サックスがジョージ・コールマン、ベースがロン・カーター、ドラムスがトニー・ウィリアムスです。
ハービー・ハンコックは大学を卒業した1960年からジャズ・ピアニストとしての活動をスタート。
1962年にブルーノート・レコードから自身のファースト・アルバム『テイキン・オフ』をリリースしています。このアルバムの収録曲『ウォーターメロン・マン』がモンゴ・サンタマリアによってカヴァーされてヒットし、彼は一躍ジャズ・シーンで注目される存在となります。
いち早く声をかけたのがマイルス・デイヴィスで、1963年から68年まで彼のクインテットに在籍し、“第2期黄金の〜”と呼ばれるシーンを代表するバンドのメンバーとして次々とエポックメイキングな(マイルス・デイヴィス名義の)アルバムを生み出していきます。
本作は、1960年代の最先端を牽引するバンドでの活動だけでは収まりきらなかった音楽家ハービー・ハンコックの、ポスト・モダンジャズに対するアイデアを詰め込んだショーケースだったと思います。
当時のシーンを眺めると、フリー・ジャズの台頭で抽象化していくジャズの概念に対して、マイルス・デイヴィスがメンバーの“面”を組み上げるキュビスム的な手法に挑戦し、そのメンバーでもあったハービー・ハンコックが“面の役割”から脱したところでメロディとアンサンブルを重視したロマン派音楽的なアプローチを打ち出したように見えたのではないでしょうか。
その結果、ジャズにおける革新と伝統を支持する双方から評価されるきっかけとなったのが本作であり、“名盤”とされるようになったのもそれゆえだと思うのです。
アルバム・タイトル曲『処女航海』は、リリースから14年後にハービー・ハンコックを意識するようになったボクが聴いても、ロマン派音楽っぽい、もうちょっと解像度を上げるとラフマニノフに通じるような印象があって、リリース当時のシーンでもかなり違和感を感じさせた曲だったのではないかと推測できます。
もちろん、11歳でシカゴ交響楽団をバックにモーツァルトのピアノ協奏曲を演奏するほどの神童ぶりを発揮していた人ですから、その作曲のバックボーンにクラシックの要素がなかったはずはありません。
ただ、曲の内容を見てみると、ロマン派をジャズに融合したというよりは、ミニマル・ミュージックへの意識が強いようにも感じます。
こうした“音楽的多様性”をもちながら、それをバランスよくポピュラー音楽として磨き上げていく才能こそがハービー・ハンコックならではだったことは、その後の彼のディスコグラフィを見渡しても明らかなのではないかと思うわけです。
ハービー・ハンコックはマイルス・デイヴィスに勝るとも劣らない音楽的変化の激しい音楽家なので、どこから彼の音楽にとりつけばいいのかわからないという人も多いようです。
その点、本作は彼の音楽的思考を見えやすくする“糸口”として、“ハービー・ハンコックを知る旅へのはなむけ”になっているんじゃないでしょうか。
だって本作は、彼自身が“新しい船の新たな旅立ち”と名付けているんですから──。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ/富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook
文/ 富澤えいち
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