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ポップにシン・発見(Phase48)伊福部昭「音楽入門」とブリテン「青少年のための管弦楽入門」、入門は厳しいか楽しいか

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase48)伊福部昭「音楽入門」とブリテン「青少年のための管弦楽入門」、入門は厳しいか楽しいか

伊福部昭(1914~2006年)は「ゴジラ」シリーズの映画音楽で有名だ。親しみを感じて伊福部の著書「音楽入門」(角川ソフィア文庫)を手に取れば、純粋な音楽観を持たない人、特に教養として音楽を鑑賞する人に対し辛辣な批判を繰り広げていることに驚く。音楽は音楽以外の何ものも表現しないからといって、風景や絵を連想したり、文学や哲学と結び付けたりしてはいけないのか。厳しい指摘に恐れ入ったとき、ベンジャミン・ブリテン(1913~76年)の「青少年のための管弦楽入門」を聴けば、再び音楽が楽しくなる。

音楽以外の何ものも表現せず

1951年に出版された「音楽入門」は楽曲ではなく評論だが、伊福部の代表作の一つといえる。簡潔で分かりやすい文章は音楽的なリズムを持ち、伊福部が優れた文筆家でもあったことを証明する。中学時代からドストエフスキーやゲーテを読み、絵も描くなど、文学や美術への関心が強かったようだ。少年時代に「ファーブル昆虫記」を愛読し、北海道帝国大学農学部林学実科に進学。卒業後は北海道庁地方林課に勤務するなど、理系の人でもあった。

では音楽はというと、伊福部は独学で作曲技術を体得。1935年、日本人作曲家の管弦楽曲を対象にパリで審査されたチェレプニン賞で「日本狂詩曲」が第1位となり、世界的に評価された。伊福部は一連の「ゴジラ」の映画音楽でも広く知られる。ゴジラからの連想でユニークな作曲家による親しみやすい評論を期待し、「音楽入門」を読んでみる。すると生半可な音楽鑑賞者への厳しい内容にショックを受ける人が多そうだ。

「音楽入門」はクラシックと呼ばれる西洋音楽をあまり聴いていない人たちに厳しい内容ではない。むしろ文学や哲学などの教養を盾にして「音楽を理解している」と自負している専門家や評論家、芸術愛好家に対し手厳しい指摘になっている。「音楽は音楽以外の何ものも表現しない」というストラヴィンスキーの言葉を掲げ、音楽を聴いて作品とは関係のない勝手な連想を働かせたり、詩的な幻想を描いたりする態度を批判する。

ある音楽作品を聴いて自由に様々な連想を張り巡らすとする。タイトルが付いた作品からは連想が働きやすい。例えば、「英雄」と呼ばれるベートーヴェンの「交響曲第3番変ホ長調Op.55」。ナポレオンのような英雄に思いをはせ、ベートーヴェンの伝記から得た知識で想像を膨らませ、文学や哲学や学術書から得た教養でさらに理論を補完し、この作品に精通したと思い込む。しかし伊福部によれば、こうして「音楽を理解し得た」と自負した人が実は音楽本来の鑑賞から最も遠いところにいる門外漢ということになる。

感動は「定評」への条件反射か

伊福部によれば、「音楽は思想で聴くもの」ではなく、「音を聴く」ものである。当然だ。ここで伊福部はリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラかく語りき」とエリック・サティの「ジムノペディ」を比べる。「ジムノペディ」を傑作と評する一方、「ツァラトゥストラかく語りき」はニーチェの著作名を冠した曲名が意味ありげなだけで、音楽の内容は「口にするのも腹立たしい」と酷評している。

さらに伊福部は「ツァラトゥストラかく語りき」のような音楽に感動する人の生態について、ロシアの生理学者イワン・パブロフの条件反射の実験、いわゆる「パブロフの犬」を引き合いに出して論じる。犬に餌を与える前にベルを鳴らす習慣を続けると、犬はベルの音を聞いただけで唾液を分泌するようになるという有名な実験結果だ。哲学的で定評のある音楽だと仕込まれているから条件反射で感動してしまうわけだ。そして知性的な人間にとって、こうした条件反射に支配される実態は「恥辱」だと言う。

ここまで酷評されれば、「ツァラトゥストラかく語りき」を愛聴するのは「恥」と思う人も出てくる。しかし本当に「定評」に対する条件反射でこの曲に感動するのだろうか。思想も定評も全く知らない子供が感動することもありそうだ。それでも条件反射となる仕込みが前もってあったといえるか。むしろ純粋な音楽観への理想に凝り固まってこそ、哲学や文学を表向き装った作品への偏見が強まり、音楽自体を聴けなくなってしまうのではないか。

そもそもこの曲は本当に音楽的につまらない駄作だろうか。派手な序奏が有名で親しまれている。しかしグスターボ・ドゥダメル指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の2014年来日公演での「ツァラトゥストラかく語りき」は純音楽的な演奏で、全曲を通じて有機的な構造を持つポップでおもしろい作品と実感したことを思い出す。

主題と変奏、フーガの傑作

「音楽入門」は苦行か。ここで同じ「入門」でも、言葉ではなく音で導いてくれる作品に接するのもいい。ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」を聴こう。「入門」という言葉にとらわれずに聴くと、巧みに構成された魅力あふれる音楽だと感じる。ナレーション(解説)が入るが、ナレーションなしでも演奏される。特にナレーションなしの場合、純器楽としてとてもまとまりのある作品に聴こえる。


Benjamin Britten. The Young Person’s Guide to the Orchestra

正式な作品名は「青少年のための管弦楽入門——パーセルの主題による変奏曲とフーガOp.34」。1945年作曲、翌46年初演。演奏時間はナレーションなしの場合約16分。青少年や初心者のための音楽教材という次元を超えており、管弦楽曲の傑作だ。冒頭のニ短調の主題は一度聴いたら忘れられない。これは英国バロック期を代表する作曲家ヘンリー・パーセルの劇付随音楽「アブデラザール」のロンドの主題である。

曲全体は①主題の提示部②変奏③フーガの3部構成。提示部は主題のトゥッティ(総奏)から始まる。ここで印象深いのはシロフォン(木琴)が主題の一部を甲高い音で鳴らし、メロディーラインを一段と浮き彫りにすることだ。続いて木管、金管、弦楽の順にそれぞれの音色の特徴に応じて変化を加えながら主題を提示する。さらに興味深いのは、打楽器群による主題の提示がこれに続くことだ。ティンパニの異なる音程の打音を除けば、ほぼリズムだけの主題の提示は遊びが効いていて楽しめる。

「入門」を意識せず聴く楽しみ

次に様々な楽器による主題の変奏が続く。高音域のフルートとピッコロが最初に飛び出し、小動物のように敏捷で闊達なフレーズを鳴らす。オーボエ、クラリネット、ファゴットと木管楽器が次々に変奏を披露し、ヴァイオリンやヴィオラなど弦楽器の変奏へと続いていく。ハープから金管楽器を経て打楽器ではカスタネットや銅鑼、ムチまで登場する。こうしてオーケストラの楽器が一通り紹介される。みんな主役といった明るく楽しい雰囲気が溢れる。しかも単なる楽器紹介ではなく、変奏曲として一貫した構成感を持つ。

最後はピッコロの俊敏なソロに導かれてブリテンの独自主題によるフーガに入り、高速でスリリングな展開を聴かせる。このフーガでも変奏と同じ順に各楽器群が主役を演じていく。輝かしいニ長調に転調したパーセルの主題が登場し、2つの主題で二重フーガを形成し、祝祭感に満ちたクライマックスをトゥッティで築いて全曲を終える。

ステレオセットを自分で操作してレコードを聴けるようになった子供の頃、ベートーヴェンの「交響曲第9番」、ストラヴィンスキーの「春の祭典」などは新鮮な音楽体験だった。その際、「入門」を意識したことはなかったが、ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」も少年期に感動をくれた音楽の一つに入れていい。

大人になって権威のある入門書を読むと、純粋な音楽観を理想に掲げ、勝手な連想やファンタジーを許さないなど制約や戒めが多い気がする。「聴いて何を思ってもいいところが音楽の良さである」とロシアの名指揮者は語った。伊福部の「日本狂詩曲」や「SF交響ファンタジー」を聴くと、「音楽入門」もゴジラも忘れて熱中する。「SF交響ファンタジー」ではショスタコーヴィチの「交響曲第3番」のような響きも楽しめる。そんな連想もまずいか。伊福部の音楽自体をもっと自由に聴けば、新たな発見がありそうだ。

「クラシック名曲 ポップにシン・発見」全編 >

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」にて「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
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