今月の音遊人
今月の音遊人:ぬましょうさん「“やれることがある”を気づかせてくれる音楽は、音楽だけじゃなく、人生も楽しくしてくれる」
5091views

これまでの作曲家人生を振り返り、これからの活動スタイルを描く自叙伝『作曲人生讃歌』/岩代太郎インタビュー
この記事は4分で読めます
636views
2025.10.31
映画『レッドクリフ』『血と骨』『35年目のラブレター』をはじめ、NHK大河ドラマ『葵 徳川三代』や連続テレビ小説『あぐり』、さらにはNetflixオリジナルシリーズ、アニメ、ゲームなど、数多くの映像作品の楽曲を手がける作曲家、岩代太郎。還暦を機に発表した初の自叙伝『作曲人生讃歌』に込めた思いやエピソードを聞いた。
これまでのさまざまなエピソードを思い出しながら一文一文を綴っていった、という本作。300ページにもおよぶ大作の前書きに、こう綴っている。
「私にとって、音楽作品で音色や調べを重ね響かせること、趣味である油絵で色を重ね描くこと、そして文筆活動において言葉や想いを重ね綴ることはすべて同じ感覚です。還暦を迎え、残された人生においてもっとも心の糧としているのは、ボーダーレスな表現活動に挑戦すること。その第一歩として本書を上梓する幸せを噛み締めています」(「はじめに」より)
作曲家として35年のキャリアで携わった映画は80作以上、ドラマは50本を超え、本書巻末の作曲リストには、アニメ、ゲーム、舞台、楽曲提供、オリジナルアルバムなど膨大な作品が並ぶ。その多彩さからも、岩代ならではの活動の軌跡が読み取れる。
「ある仕事が終わったら、次の日から新たな仕事に向かって走り出すというように、常に前だけを向いてきました。自分はそういう生き方をしてきたんだなあと、執筆しながらつくづく思いました」
キャリアを築くうえで発揮したのがセルフプロデュース力。学生時代から放送局や大手広告代理店に出入りして人脈を築き、やってみたいと思う仕事を次々と手にしていく行動力はなかなかのもの。いかにも若者らしいアプローチの数々からは、当時の社会の雰囲気も感じ取られる。ぜひ実際に読んで驚いてほしい。さらに映画やドラマ制作の回想からは、普段、知ることのない現場の動きも見えて興味深い。
「ご一緒したプロデューサーもすでに現場を去られていますので、当時のエピソードも紹介しました。でも、執筆を終えてから思い出したこともあって、そのひとつが連続テレビ小説『あぐり』のことです。実はあのテーマ曲は大学時代に書いたものなんです。当時、広告代理店の人から「連続テレビ小説を観ている人の傾向」というマーケティングの話を聞いたことがありました。その話をきっかけに、そういった層に向けた音楽を作ってみようと思って大学3年生のときに書いたんです」
すると数年後、すでにNHKドキュメンタリーやいくつかのドラマ音楽を手がけ、着実にキャリアを積んでいた岩代のもとに、連続テレビ小説の音楽の依頼が届く。大学生の時「もし自分が朝ドラ曲をやるなら」と考えているうちに浮かんだメロディが、年月を経て日本全国で毎日聴かれる曲になった。
「うれしかったですね。オファーをいただいたときは、学生時代からあたためていた一曲と、新たに作った一曲の、計2曲をメインテーマとして提案しました。すると、選ばれたのは大学時代に作った曲のほうだった……というような話もすっかり忘れていましたが、本を書いたおかげで走馬灯のように思い出しました」
「面白いけれど本には書けないエピソードが半分以上」と笑う岩代。
「我ながら、“岩代太郎史”はネタの宝庫だなと思いました。でも、こんなふうに自分と向き合ったのは生まれて初めて。とても貴重な時間でした」

本書は、「音楽に導かれた半生」を綴った第1章、「作品制作の背景」を紹介した第2章、「音楽の必然性を問う原案として筆を執った短編小説」4篇を収めた第3章という構成。そこに、澤野弘之(作曲家)、坂本和隆(Netflix)、三島有紀子(映画監督)各氏との対談も収められている。第一線で活躍するクリエイターたちとの会話からも、岩代の感性や作品との向き合い方を知ることができる。今後、どんな岩代ワールドを描いていくつもりなのだろう。
「自分の35年のキャリアの中で劇的に変化したことのひとつが、配信というプラットフォームの登場です。自分の若い頃にはなかったプラットフォームによって、世界とダイレクトにつながれるようになった。ですから、この魅力的なステージで自分らしい音楽、自分らしい企画を発表したいですね。その一方で、一人の作曲家が生きてきた証をライブラリーとして刻んでいきたい。たとえば、海外の映画祭にも出品されて映画史に刻まれるような作品に一作でも多く関わりたいと思っています」
今春放送されたNHK土曜ドラマ『水平線のうた』では、音楽だけでなく原作から手がけた。「年齢的に新しい挑戦をしてもいいだろう」という思いもあり、2年ほど前から動き始めたという。
「作曲家ではあるけれど、原作も含めてひとつの映像作品を手がけたい。原作から手がけることで、ここには音楽が必要だという“音楽の必然性”を作品に落とし込む活動は、僕が知る限り今までにない作曲家のスタイル。それをこれからの活動の中で実現できたらと思います」
「自分らしさを決めるのは、自分の人間力のような部分。人と出会ってひとつの輪が生まれ、その輪が広がってまた人生が広がっていく。人間力を豊かに育むために何が必要かというと、それは結局のところ、出会いしかないと思っています。もしこの本の何かが心の琴線に触れたとしたら、若者よ、旅立て!より多くの人と触れ合うことがもっとも大事だ!と我が身をもって訴えたいと思います」
作曲家を目指す人、映画やドラマ好きの人はもちろん、ピアノ愛好家やすべての音楽ファンにとってエールや指針となる一冊。巻末には岩代からの読者へのギフトとして、オリジナルピアノ曲『Brand New Tones』の楽譜も載っている。

発売元:ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス
発売日:2025年7月25日
料金(税込):2,750円
詳細はこちら
岩代太郎〔いわしろ・たろう〕
1965年東京都生まれ。東京藝術大学音楽学部作曲科首席卒業、同大学院修士課程首席修了。修了作品がシルクロード管弦楽国際作曲コンクール最優秀賞受賞。『血と骨』などで日本アカデミー賞優秀音楽賞を6回、『レッドクリフ』で香港電影金像奨最優秀音楽賞などを受賞。80作以上の映画音楽のほか、NHK大河ドラマをはじめとするテレビドラマの音楽も多数手がける。NPO法人「オトブミ集〜絆」の主宰者として社会貢献活動にも取り組む。
文/ 芹澤一美
photo/ AOI
本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
tagged: インタビュー, ブックレビュー, 岩代太郎, 作曲人生讃歌
ヤマハ音遊人(みゅーじん)Facebook
Web音遊人の更新情報などをお知らせします。ぜひ「いいね!」をお願いします!