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“銘器”のその先へ。次世代のフラグシップ―カスタムユーフォニアム「YEP-843(T)S」

“銘器”のその先へ。次世代のフラグシップ——カスタムユーフォニアム「YEP-843S/YEP-843TS」

吹奏楽ファンのみならず、近年はより多くの人に知られるようになったユーフォニアム。今年、新たに登場した「YEP-843S/YEP-843TS」は、四半世紀ぶりとなる最上位モデルである。

ソロからアンサンブルまで。ニーズに応え、より活躍の場を広げる新モデル

19世紀にその原型が生まれた、比較的新しい金管楽器であるユーフォニアム。クラシック音楽では、ホルストの組曲『惑星』の〈火星〉でソロが入っていることが知られているが、オーケストラ作品の楽器編成にその名が登場することは多くない。それは、楽器の登場した時期が新しい(現在でも多く演奏されるクラシックのコアなレパートリーが作曲されたときにはまだ登場していない)ことに起因する。

一方で、吹奏楽ではおなじみの楽器で、コミック化・アニメ化もされた武田綾乃の小説『響け!ユーフォニアム』シリーズの影響もあり、一般層からも一躍注目を浴びる存在になった。安東京平氏に代表されるスター奏者の躍進や、新しいレパートリーが生まれ続けていることもその人気に拍車をかけている。

ヤマハでは、1970年に発売された「YEP-321/201」を皮切りにユーフォニアムを製造し、2001年に登場したカスタムユーフォニアム「YEP-842TS」は特に銘器の誉れ高く、20年以上にわたりヤマハユーフォニアムの最上級モデルとしてプロ奏者をはじめ多くのプレイヤーに親しまれてきた。そして、今年3月には「YEP-842TS」を継承する新たなるフラグシップ「YEP-843S/YEP-843TS」が登場。

開発は先述の安東氏の協力のもとに行われ、まさに現代の空気を体現したモデルとなった。今回はこの「YEP-843TS」を紹介する。

ふたつのポイントを軸に試作と評価を繰り返す

話を聞いたのは、開発を担当したヤマハの南屋えり子さん。学生時代からチューバを演奏して吹奏楽に親しみ、現在は金管楽器の設計・開発に携わっている。

「YEP-843(T)S」の開発を担当した南屋えり子さんの写真

「YEP-843TS」の開発を担当した南屋えり子さん。従来の楽器にアレンジを加えても良い効果が出なかったり、考えていたことと真逆の方法を試してみることで解決できたりするなど、今回の開発は試行錯誤の連続ながら、やりがいのある時間だったという。

「ヤマハのユーフォニアムを代表するロングセラーである『YEP-842S』は、音が遠くまで届くことが特徴で、ソリストに向いた楽器として親しまれてきました。一方で、バンドやアンサンブルの中に入ると、ユーフォニアムのサウンドが少し目立ってしまう、というユーザーからの意見もいただいていました」

もちろん、朗々と歌うようなソロの音色はユーフォニアムの大きな魅力だが、みんなで一緒に音楽を作り上げるアンサンブルも吹奏楽の醍醐味だ。特に日本の市場を考えると、もう少しバンドに馴染むような楽器が欲しい。そんな背景のもと、開発のパートナーとして協力を仰いだのが、ソリストとしてもバンドの一員としても活躍し、何より生粋のヤマハユーザーである安東氏だった。

「YEP-842S」に数年前からアレンジを重ね、2年前ぐらいから商品化が視野に入ってきたという。

「ヤマハ管楽器のR&D(研究開発)拠点であるアトリエ東京の技術者が、安東さんのアドバイスをお聞きしながら楽器の仕様を構想したのが最初です。そこから私たち本社の開発部門も加わって試作品を作っては評価をしていただき、開発を進めていきました」

開発におけるポイントは大きく分けてふたつ。ひとつはスライド差し込み部分の素材、そしてもうひとつはバルブキャップの重量だ。果たしてこのふたつを改良することでどのような効果が生まれるのか。

「まずスライド差し込み部分の材質を、それまでの洋白(ニッケルシルバー)から真鍮に変えました。金管楽器の設計においては、素材に洋白を使うときらびやかな音になるのに対し、真鍮にすると音が柔らかくなると一般にいわれています。楽器の音が立ちすぎるのを抑えるために、“まずは素材を変えてみようか”という発想からスタートしました」

“アンサンブルに溶け込む音”というのが「YEP-843S/YEP-843TS」を開発するうえでの大きな命題だった。それを実現するために着目したのが、スライド差し込み部分の素材である。従来の洋白(ニッケルシルバー)から真鍮に変えたことで、前に出すぎない落ち着いた音色を獲得することに成功した。加えて、主管スライド以外は銀メッキ仕上げにすることで、音の輪郭がよりまろやかになり、他の楽器の音色とブレンドしやすくなったのもポイントだ。

素材のアレンジがサウンド面の改良だとすると、バルブキャップの改良は吹き心地の向上に寄与するものといえる。

「4本のバルブに2個ずつ、つまり全部で8個のバルブキャップがあります。8個のキャップを軽量化することで、楽器自体の重量が軽くなるのと同時に、レスポンスが良くなるんです。バルブキャップとしての機能をキープしつつ、ギリギリまで軽くしていきました」

いずれも何種類ものバリエーションを用意しては安東氏のもとを訪れ、数か月単位の時間をかけてじっくりと評価してもらう。これを数回繰り返したという。

わずかな重量の差でも、楽器の吹き心地に違いが出てくる。バルブキャップが重いと、その分しっかり吹き込まないと音が返ってくる感触が得られにくいのだという。「YEP-843TS」は「YEP-842TS」と比較して、バルブキャップの高さを低くして、かつ中をギリギリまで削ることによってレスポンスの良さを獲得した(写真の左の2つはトップキャップ、右の3つはボトムキャップ)。

奏者が“自分の音”を作りやすい楽器

「安東さんは試作品をコンサートの本番でも使ってくれました。特に浜松で行われた公演では、楽器に対する感度の高いお客様からの『見た目はYEP-842TSだけど、音が少し違うよね』という声をはじめ、さまざまなコメントを受け取ることができ、その後の開発に向けての良い感触をつかめました」

安東氏との開発では、新たな発見も多かったという。

「安東さんは意見がぶれないので、合理的に評価を進めることができました。また、試作品の部品はいくつかのバリエーションを用意して評価していただいたのですが、部品がひとつ違うだけで、本当に音色にさまざまな変化が出るんです。それを目の当たりにすることは、私たち開発側の人間にとって大きな刺激になり、貴重な経験となりました」

海外では、フランスのユーフォニアム奏者、アントニー・カイエ氏にも試してもらっているという。

「カイエさんは、クラシックはもちろんのこと、ジャズをはじめあらゆるジャンルの音楽を演奏するので、同氏の好みに特化した特別仕様の楽器を試していただいています。こちらもご好評をいただいており、ホッとしています」

どのようなプレイヤーに、どのようなジャンルの音楽で使ってもらっても、変わらないのはヤマハの楽器づくりに対する思想である。南屋さんの設計も、根底には常にそのコンセプトがあるという。

「まずは音程設計をしっかりやること。それは、その楽器を使って演奏者が狙った音色を自由に作っていけることにつながります。これはユーフォニアムに限らず、ヤマハのすべての金管楽器に共通しています。私も楽器の開発では、常に音程バランスに気をつけています」

まずは国内での販売に力を注いでいくという「YEP-843S/YEP-843TS」。アンサンブルの中に溶け込みつつ、早いパッセージやテクニカルなプレイにも対応しやすいので、より広い層にアピールしそうだ。プロ奏者はもちろん、ハイアマチュアの奏者や、これから本腰を入れてユーフォニアムに取り組もうとする学生にも選択肢に入れてもらいたい。

YEP-843TSの新仕様と継承仕様

● トリガーシステム
トリガーシステムの紹介画像
「YEP-843TS」の「T」はトリガーシステムのこと。主管スライドをトリガーを使って下げたり戻したりすることで、より正確なピッチコントロールを可能にする機構だ。ヤマハのユーフォニアムでは、「YEP-842TS」とブラスバンド向けに開発されたNeoシリーズの「YEP-642TS」で採用されてきた。「YEP-843TS」では、主管スライドが下がりすぎて戻せなくなるのを防ぐストッパーの機能が新たに付けられた。

■YEP-843S/YEP-843TS

新たに生まれ変わったヤマハユーフォニアムのフラグシップモデル。真鍮製スライドや軽量化バルブキャップなど、細部まで仕様を見直すことで、ソロのみならずアンサンブルでも使いやすい楽器に仕上がった。「YEP-843TS」はトリガーシステム付きのモデル。

「YEP-843S」詳細はこちら

「YEP-843TS」詳細はこちら

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