今月の音遊人
今月の音遊人:菅野祐悟さん「音楽は、自分が美しいと思うものを作り上げるために必要なもの」
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私たちの暮らしを彩り、豊かにしてくれる音楽。その音色や響きを生み出す楽器は、自然からもたらされる樹木からつくられている。中でも、音の「いのち」とも言える木材を見極め、職人の元へ届ける役割である木材調達について、ヤマハの神島由幸さんに話を聞いた。
「調達という仕事は、必要な品質の木材を、適正な価格で、必要なタイミングに安定して工場へ届ける、いわゆるQCD(クオリティ・コスト・デリバリー)の考え方に基づいています。そのうえで木材の購買を円滑に進めるための条件を整備・改善して、その基盤をつくることが主な役割です。さらに近年は、取り引き先との適切な関係の構築(サービス)と環境への配慮(エンバイロメント)を含めたQCDSEの要素が重視されるようになりました」
この姿勢は企業理念だけにとどまらず、今では楽器づくりの未来を支えるための必須条件とも言えるのだろう。
現在、ヤマハが調達する木材は年間およそ6万立方メートル。対象木材は約70種を数え、ピアノの響板やギターのボディに用いられるマツ科の針葉樹スプルース(唐檜)をはじめ、メイプル(楓)やヨーロッパブナといったアコースティック楽器の材料として伝統的に重宝されてきた樹種が続く。調達先はヨーロッパやアフリカ、東南アジア、北米など世界各地に及ぶ。
「国内で原木を調達してヤマハ社内で製材、加工していた時代もありましたが、国産木材の供給量が減少したことから、現在は海外調達が主流です。また、楽器づくりに必要な条件に合わせて、原木や板材、合板、化粧材など、さまざまな形態で購入しています。昔も今も、天然資源を扱うという意味では『木を選ぶ力』を身につけることが調達担当の課題でもあります」

楽器に用いられる木材の一例。左から人工木材(代替黒檀)、黒檀(ギター指板など)、インドローズ(ギター指板など)、アフリカンマホガニー(ギターネックなど)、マホガニー(ギターボディなど)、スプルース(ピアノの響板など)。
こうした多種多様な木材を選定する際には、見た目の美しさ、反りにくさ、加工のしやすさが重視されるそうだ。しかし一方で、天然素材に支えられた楽器づくりは資源の枯渇や環境問題とは切り離せず、理想的な“完璧な木”だけに頼ることが困難になっているのも実情である。そんな資源の有限性を前に、節や木目のゆがみなど、これまで欠点とされてきた部分を個性や価値として生かす取り組みが始まっている。
「マグロで例えるなら、大トロだけでなく中トロや赤身、中落ちまで含めて大切に使い切る、という発想です。材料として使える領域を広げることが、木材の持続的な調達、さらには森林を守ることにつながると考えています」

年輪のゆがみや黒い斑点などがあるかを見分け、綺麗な木材を選りすぐる。そうすることで加工時の破損が減り、製品になったときの音に影響が出にくくなる。
限りある資源の有効活用に加えて、代替素材の活用も進められている。クラリネットなどに使われる希少木材グラナディラや黒檀の代わりに、木粉を樹脂で固めた人工木材や、木材とプラスチックを組み合わせた複合素材WPC(ウッドプラスチックコンパウンド)などが一部の楽器用部品として採用され始めた。

特殊な加工を施した黒檀の代替材。希少材料に近い人工木材を用いることで、楽器の質を落とさず、かつ資源を守ることに貢献していく。
「2025年4月に限定販売された電子ピアノTORCH『T01』(トーチ ティーゼロワン)では、黒檀の代わりにグラナディラの未利用材を使用し、見た目の再現と環境への配慮を両立させる工夫が行われています。培ってきた品質を守りながら、天然素材だけにこだわらない柔軟な発想も取り入れる。これからの楽器づくりに欠かせない意識だと思います」
ヤマハ入社当初はピアノの商品開発の分野で木材や素材の研究に打ち込んでいたという神島さん。さらに“木そのもの”に近づいた現在の木材調達という業務は、より総合的な俯瞰が必要だという。
「もはや『世の中に流通する木を買う仕事』では収まらないのではないでしょうか。森林で木を育てる。その管理現場へ足を運ぶ。正しい流通経路をたどって私たちの元に届いているかを確認する。コストや品質の確保と、楽器づくりのサプライチェーンを絶やさないことを大前提として、社会的責任や環境課題を意識した姿勢が求められています。一本の木と楽器、それを使ってくださるお客様をつなぐためにも、楽器づくりという一連の流れの上流まで見渡せる広い視野が必要だと痛感することも増えました」
こうした現場での経験から、神島さんは「自分の目で見て、肌で感じることが大切」と語る。数字や根拠で説明できることは多いが、自らの感覚で判断することも少なくない。
「仕事においてはロジカルに物事をとらえることがほとんどですが、個人的にはエモーショナルな面も尊重したいタイプです。楽器づくりに携わる者として、感情的・情緒的な部分も大切にしながら、感性で判断することも忘れないようにと思っています」

楽器づくりを続けるために欠けてはならないもう一つの視点が、木を「買う」だけでなく、自ら「育てる」ということ。
「楽器づくりに木材を利用している以上、自分たちが使う分は最低限でも補えればという想いです。極論ですが、今のままでは楽器が製造できない未来がやって来るかもしれません」
そんな危機感のもとで進められている一例が「おとの森」プロジェクトである。希少樹種を育て、楽器製造に活用するまでの循環を地域住民とともにつくり上げる試みだ。
「アフリカや中南米といった地域は安価な木材供給地とされてきましたが、現地の生活や森林の持続性が犠牲になっては意味がありません。適正な価格での調達を通じて、現地の人々の暮らしと森林資源の持続を両立させたい。こうした取り組みはすぐに成果が出るものではありませんが、小さな一歩を積み重ねていくことが重要だと思っています」
木材調達という仕事は楽器づくりの最上流に位置し、森から奏者へと続く長い道のりを守るために必要不可欠な役割である。樹木の一本一本と対話するように敬意を込めて向き合う。環境に配慮しながら新たな可能性を模索し、楽器づくりを未来へとつなげる。そんな人たちに思いを巡らせてみるのもまた、ひとつの豊かな音楽の楽しみ方だろう。

ヤマハの企業ミュージアム「イノベーションロード」には木材に関する展示品もあるので訪れた際にはぜひ見てほしい。
Q.子どもの頃になりたかった職業は?
小・中学生の頃は理科が大好きで、獣医になりたいと思っていました。そこから植物にも興味を持ち始めて、大学院は農学部へ進学し、木に寄生するキノコの研究に打ち込みました。その結果、森林や樹木に関わることも多く、木の知識が生かせる場所で働きたいとヤマハに入社しました。僕は宮崎県出身で、周囲は田んぼと畑、川に森に海というような環境で育ったんです。自然が身近にありましたから、無意識とはいえ今の仕事につながっている気がします。
Q.普段はどんな音楽を聴いていますか?
大学生の頃はUKロックが好きでしたがもっぱら聴く専門でした。社会人になってからはハウスやテクノにハマって、ターンテーブルを購入してDJをしたりしました。日本のアーティストだとYMOや電気グルーヴ、海外アーティストであればダフト・パンクやケミカル・ブラザーズが好きです。アコースティックとは正反対の電子音楽系ばかりですね(笑)。
Q.休日の過ごし方は?
小さい子どもが2人いるので、家族と過ごすことが多いです。近場の低山に登ったり、自然に囲まれた場所へ出かけるとリフレッシュできます。テントを買ったので家族でキャンプに出かけたいですね。季節を肌で感じられると心が豊かになる気がします。
Q.職業柄、日常で気になることはありますか?
日頃から関わっている木材会社さんには、建築や住宅の建材を扱う企業もあります。ですから自ずと建築資材や家具、木造建築といった分野についても詳しくなりますね。木材会社の方から「こういう木は楽器に使えませんか?」といった提案をいただくこともあって、木材に携わる者同士の情報交換は自分たちの業務にも役立っていると思います。
文/ 髙内優
photo/ 坂本ようこ
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