Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#74 “天才”のきらめきを余すところなく収めたモダンジャズの象徴~バド・パウエル『ザ・シーン・チェンジズ』編

CDという媒体が普及してからのことだから1980年代後半あたりだと思うのですが、『ジャズ入門』と題した“CDブック”なるものが相次いで発売されていた時期がありました。

それまでも『ジャズ入門』と題した書籍や雑誌の別冊的なムックはありましたが、“CDブック”が画期的だったのは、文字や写真などによる解説を読むだけでなく、曲も一緒に聴けるようになっている点。

早速、ボクもいくつか類書を購入して、いわゆる“ジャズのお勉強”に励んだわけですが、その“常連”のひとつに、本作収録の『クレオパトラの夢』がありました。

こうしたバイアスは、必然的に「ジャズの敷居を高くしていた(つまり、この曲を理解できないとジャズを聴く資格がないという無言の圧力をかけていた)のではないか」と思うところもいまとなってはあるのですが、改めて『クレオパトラの夢』を聴くと、「やっぱりスゴいなぁ」と感心することしきり。

さて、この“クレオパトラ敷居問題”をくぐり抜けた先で、アルバムを再考してみましょうか。


Cleopatra’s Dream (Remastered 2015)

アルバム概要

1958年に米ニュージャージー州ハッケンサックのヴァン・ゲルダー・スタジオでレコーディングされた作品です。

オリジナルはLP盤(A面5曲B面4曲の全9曲)でリリースされています。同曲数同曲順や別テイクを追加した10曲でCD化されているほか、カセットテープ版やMP3音源でのリリースもあります。

メンバーは、ピアノがバド・パウエル、ベースがポール・チェンバース、ドラムスがアート・テイラーの、ピアノ・トリオというフォーマット。

収録曲は、全曲がバド・パウエルのオリジナルです。

“名盤”の理由

冒頭で触れたように、本作を“名盤”たらしめているのは『クレオパトラの夢』が収録されているからといっても過言ではないでしょう。

いま聴くべきポイント

バド・パウエルの才能を高く評価したブルーノート・レコードでは、“ジ・アメイジング”を冠して1952年から彼のリーダー作をシリーズで世に送り出していました。

5作目となる本作でそのシリーズの制作は中断、1966年の彼の死によって再開することは叶わなくなってしまいました。

1924年に米ニューヨークのハーレムで生まれたバド・パウエルは、祖父がギタリスト、父がピアニスト、兄がトランペッター(弟はピアニスト)という家系に育ち、5歳からクラシック・ピアノを学びます。

10歳で当時流行していたスウィングに興味をもち、15歳になると兄のバンドに参加してプロとしてのキャリアをスタート。

20歳になるころには、スウィング・オーケストラのメンバーとして生計を立てる一方で、セロニアス・モンクとの出逢いをきっかけにビバップへ傾倒。

このころから次代の担い手として期待されるようになるのですが、アルコールやドラッグ依存による影響で演奏活動が中断することも重なってしまいます。

入院加療や繰り返すトラブルの合間を縫うようにして、ビバップからハード・バップへの展開を先導してきたのが、1950年代のバド・パウエルでした。

ブルーノート・レコードで先進的な作品を制作してきた彼が、1950年代の終わりにリリースすることになった本作の背景には、言ってみれば彼の実験的なビバップ・アプローチの集大成的な意味と、ポピュラー化が急速に進むマーケットに融合させようという(プロデュース側の)意図があったのではないでしょうか。

そのバランスがとれていたからこそ、本作は“名盤”として広くファンたちに愛されるようになったのだと思うのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

髙木凜々子

今月の音遊人

今月の音遊人:髙木凜々子さん「“私だからこそ”という演奏を届けたい」

2920views

音楽ライターの眼

“中世ファンタジー・ドゥーム・メタル”キャッスル・ラット大躍進の2026年

401views

豊かで自然な音と響きを再現するサイレントバイオリン「YSV104」

楽器探訪 Anothertake

アコースティックの豊かで自然な音色に極限まで迫る、サイレントバイオリン™「YSV104」

14456views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!トランペットをうまく鳴らすコツと練習方法

138257views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

17369views

オトノ仕事人

アーティストの個性を生かす演出で、音楽の魅力を視聴者に伝える/テレビの音楽番組をプロデュースする仕事

10313views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

9404views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

8235views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11953views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

6572views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

5541views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12315views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

13841views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

27028views

徳永二男、堤剛、練木繁夫

音楽ライターの眼

スメタナの傑作、G線上の哀歌から流れ出す激情/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサート Vol.9

2962views

JTBロイヤルロード銀座

オトノ仕事人

日本では出逢えない海外の音楽体験ツアーを楽しんでいただく/海外への音楽旅行の企画の仕事

8498views

われら音遊人:バンド経験ゼロの主婦が集合 家庭を守り、ステージではじける!

われら音遊人

われら音遊人:バンド経験ゼロの主婦が集合 家庭を守り、ステージではじける!

10475views

82Z

楽器探訪 Anothertake

アンバー仕上げが生む新感覚のヴィンテージ/カスタムサクソフォン「82Z」

9611views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

18443views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

5765views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

24223views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12722views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12315views