今月の音遊人
今月の音遊人:May J.さん「言葉で伝わらないことも『音』だったら素直に伝えられる」
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高らかに鳴るトランペットだけでなく、神業のようなドラムプレイやピアノの妙技にも目をみはる/タイガー大越 トランペットの絵画 Vol.4
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2017.8.29
実に「学び」が多く感服した。「学び」などと書くと、セミナーやワークショップを連想されそうだが、タイガー大越と仲間たちのライヴである。繰り広げたセッションやソロ、そして予期せぬオープンマイクに至るまで、すべてが「アーティストに必要なことを示唆したようなステージ」だった。
大越が関西弁で気さくに話しながら和やかに進行する。メンバーは、大越がかつて学びいまは教鞭をとる米国のバークリー音楽大学から、教授のケンウッド・デナード(dr、kb、vo)。そして、ゲイリー・バートンらに見込まれて数多の大御所とツアーを重ねるヴァディム・ネセロフスキー(pf)。ゲストの納浩一(b)はやはりバークリー出身で、大越と共演を重ねて長い。本田雅人(sax)は大越と同じく昭和音楽大学客員教授を務めていて、そのつながりで今回出演がかなったと大越自らにこやかに紹介。そんなユニークな組み合わせで繰り広げる音楽は色彩豊かで変化に富んでいた。
オープニングの「Tenor Madness」から、どの曲も終始メンバーがソロを受け渡しての演奏。トランペットとサックスがユニゾンで旋律を歌い、交互にソロで語り、ピアノやベースにバトンタッチして、ドラムが盛り上げる。ベースとドラムが太い綱のように絡み、要所でトランペットやサックスが気合いを入れても力みがない。
前向きで高らかに伸びる大越のトランペットとスタイリッシュでエレガントな本田のサックスだけ突出させての展開ではなく、5人それぞれの見せ場を大切にした構成で、お互い音をよく聴き、尊重し合ってのパフォーマンス。ゆったり聴けるのが心地よかった。大越はソロを預けるとボンゴを叩いたりも。
ネセロフスキーはノリにノッて、自身のアルバムから「Spring Song」をソロ演奏。美しいリリカルな音色で、「ジャズ界のショパン」と呼ばれるのが納得できる。まるでグレン・グールドのように鼻で歌いながら弾いたりするのもほほ笑ましい。1部を締めくくる「Sakura」では、鍵盤ハーモニカを膝から胸に寝かせて吹き口をくわえ、右手で弾きながら、左手でピアノを演奏する妙技も。哀愁をおびた旋律を紡ぐ鍵ハモの響きが妙に心にしみる。
2部は、大越が「朝走って50分くらいヨガして、野菜食べて水飲んで……。今日が最後かなと思う演奏ばかりしている」などと近況報告してから、デナードのドラムソロで開始。グリップを自在に変え、スティックの先から尻まで駆使して、打面や縁のあらゆるところを飛び交う絶妙のストローク。まさに神業で、変拍子も手慣れたギアチェンジといった感じだ。時折、右手でドラムを叩きながら左手でキーボードを弾き、スキャットを口ずさんでなお余裕の表情。どこか無邪気な風情で鳴らす口琴も、味があるので恐れ入る。
大越の作曲にまつわるエピソードも興味深かった。例えば「Green Tea Jam」は、宿泊した浜松のホテルの朝食に出てきたグリーンティージャムからイメージしたというし、「Bootsman’s Little House」では、アイルランド人と思われる男が「ゴム長履いて、釣り道具持って海で仕事をして、坂の上の家に帰るときにこんな歌を口ずさんでいたのではないかな」などと、日常の中で柔軟にイマジネーションを働かせて作曲しているようなのだ。
「Bootsman’s~」では、舞台補助に来ていた若手ドラマーの陶山ジャクソンを舞台に上げてボンゴを任せ、物語るようにトランペットを吹いた。 次世代を育てながらのステージに、バークリーでの日々を垣間見る思いがした。
アンコールは「お母さん(Mother)」。1部の最後で聴かせた「Sakura」は古謡の「さくらさくら」、「お母さん~」は童謡の「かあさんの歌」のアレンジ曲だ。ボストンを拠点として45年になる大越の思いが伝わってくるようだった。
原納暢子〔はらのう・のぶこ〕
音楽ジャーナリスト・評論家。奈良女子大学卒業後、新聞社の音楽記者、放送記者をふりだしに「人の心が豊かになる音楽情報」や「文化の底上げにつながる評論」を企画取材、執筆編集し、新聞、雑誌、Web、放送などで発信。近年は演奏会やレクチャーコンサート、音楽旅行のプロデュースも。書籍『200DVD 映像で聴くクラシック』『200CD クラシック音楽の聴き方上手』、佐藤しのぶアートグラビア「OPERA ALBUM」ほか。
Lucie 原納暢子