今月の音遊人
今月の音遊人:岡本真夜さん「親や友達に言えない思いも、ピアノに聴いてもらっていました」
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よい弦楽器は何人もの奏者に受け継がれ、弾き込まれていくことによって、ゆっくりと変化を続け、よい音を出すともいわれている。
もっとも、その大前提にあるのは、楽器がよいコンディションを保ち続けていることだ。そのために欠かすことができない存在が、弦楽器の“健康診断”から、“治療”、さらには“健康アドバイス”まで行う職人。
弦楽器の調整・修理はどのように行われているのだろうか。望月正裕さん(株式会社ヤマハミュージックジャパン 楽器営業本部 マーケティング部 管弦打楽器課 弦楽器工房)にうかがった。
木の質感があたたかみを感じさせる工房──。修理のためにヤマハの特約店に持ち込まれた弦楽器の多くは、ここに運ばれてくる。扱うのは、約8割を占めるバイオリンのほか、チェロやビオラ、コントラバスだ。
数時間で修理できるものから数か月かかるものまで、内容はさまざま。一例としてバイオリンの表板の割れの修理について、望月さんに大まかに説明していただいた。まずは表板を外し、内側からヒビの入った部分に膠(にかわ:ゼラチン主成分の接合剤)を付けてずれのないように留める。それだけでは強度に欠けるため、接着した割れ目に沿って、ごく薄い木のパッチを当てて補強するという。
表板の場合は、どれだけ修理をしたとしても楽器としての価値が落ちることはない。対して、裏板が割れてしまえば、たとえ名器と讃えられるオールド・バイオリンでもその評価は下がってしまう。望月さんは、表板の割れを“骨折”、裏板は“心臓疾患”にたとえる。
「開けてみると、表板は修理の跡だらけということは少なくありません。バイオリンは、そうやって何度も何度も修理を重ねることで、何百年も使い続けることが可能な楽器です。ただし、どんなに表板を修理していても、表面を見たらきれいな状態で、修理の跡はわかりません。修理跡が見えないようにするのが、職人の腕の見せどころです」
多種多様な修理品が持ち込まれるなか、もっとも多いのは弓の毛の張り替え依頼だ。
「弓の毛は、弓の先端の穴に木でつくったクサビを入れて留めているだけで、接着剤は使いません。ですから、まずは演奏しているときに毛やクサビが抜けないように、でも張り替えのときは抜けるようにしなくてはなりません」
クサビは、ミリをはるかに下回る緻密な単位で削り、調整する。さらに毛を張る際の左右のバランスも重要であり、弓の張り替えは修理を学ぶ者にとって最初の大きなハードルだという。経験を積み上げるしかなく、その感覚を養うには約3年かかるとされる。
「最初の仕事は、弓に使われる馬の尾の毛をそろえ、ひたすら毛束を縛ることでした(写真1枚目)」
今も指に残るタコが当時を物語る。