今月の音遊人
今月の音遊人:大石昌良さん「僕がアニソンと出会ったのは必然だったんだと思います」
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フラメンコギターの世界を超え、さまざまなジャンルで活躍する沖仁が、2年振りのこの夏、ヤマハホールでコンサートを開催。情熱的なフラメンコギターの調べが、暑さに打ち勝つパワーを注入してくれた。
盛大な拍手に迎えられステージに現れた沖は、静かに椅子に座りギターを抱えると“準備はいいか?”と語りかけるようにチューニングを始める。その様子を固唾を飲んで見守っていると、沈黙を吹き飛ばすような激しいフレーズで曲が始まった。沖のフラメンコギターの師匠であるビクトル・モンヘ・セラニートに捧げられた「マエストロ・セラニート(ソレア)」だ。メロディを奏でるというより、感情を鳴らすというべき力強い奏法で観客を圧倒すると、続く「フエゴ~炎~(ブレリア)」もボディを叩きながらのアグレッシヴな演奏で、タイトルのごとく燃え盛るエネルギーを客席に向かって放出した。
そんな怒涛の演奏の一方で、ゆったり奏でられる「Esperando~まっているよ~」では、愛する人の抱擁にも似た温もりが感じられ、続く「トレモロ」も田園を散策しているような穏やかな気分にさせてくれる。「レスペート・イ・オルグージョ~誇りと敬意(ファルーカ)~」のコントラストの強い展開は、人生の光と影をギターを通して伝えているかのようだ。それはフラメンコという音楽が愛や悲しみ、優しさ、人生の素晴らしさを表した人間賛歌だからであって、そのことを沖の表情豊かな演奏が教えてくれたのだ。
第二部からはピアニストの野崎洋一も加わって、フラメンコの新たな世界を披露。3拍子で奏でられる「マドリードの花市場」は明るく清々しいメロディで市場の賑やかな様子を想起させつつ、後半でピアノの伴奏をダイナミックにして、映画の一場面を再現しているような説得力を生み出していた。続く「ベサメ・ムーチョ」は流麗なピアノで始まり、それに追従するようにギターが悲しみをまとった響きを聴かせていたが、途中から劇的にリズミカルになり、悲哀に満ちていた世界をドラマチックに塗り替える。
この秋発表のアルバムに収録予定だという「アルハンブラ宮殿の思い出」はクラシックギターの名曲だが、フラメンコギターの鮮烈な響きが、優しく美しいメロディの中に漂う郷愁を引き立て、ヴァイオリンとピアノ用の編曲が有名な「スペイン舞曲第1番」では、フラメンコギターとピアノの重厚なアンサンブルから、スペインならではの“情熱”がほとばしる。
フラメンコギターの響きがせつなくも美しい旋律に似合う「ロミオとジュリエット」で第二部の幕は閉じたが、熱烈な拍手と声援に応え、チック・コリアの「スペイン」をアンコールで披露。イントロのメランコリックなパートをたっぷり聴かせることで、本編のリズミカル&ドラマチックさがより際立ち、観客も大熱狂。スタンディングで演奏していた沖がステップを踏みはじめると、観客も熱烈な拍手で加わり、最後は会場一体でフラメンコを奏でたのだった。
飯島健一〔いいじま・けんいち〕
音楽ライター、編集者。1970年埼玉県生まれ。書店勤務、レコード会社のアルバイトを経て、音楽雑誌『音楽と人』で編集に従事。フリーに転向してからは、Jポップを中心にジャズやクラシック、アニメ音楽のアーティストのインタビューやライヴレポートを執筆。映画や舞台、アートなどの分野の記事執筆も手掛けている。