Web音遊人(みゅーじん)

ルイ・クープランの魅惑的なチェンバロ音楽を自然体で表現するクリストフ・ルセの妙技

フランスのチェンバロ(クラヴサン)音楽の作曲家としてとりわけ有名なのは、フランソワ・クープラン(1668~1733)である。その叔父にあたるルイ・クープラン(1626頃~1661)は、35歳の若さで亡くなったこと、音楽家としての活動期間がわずか10年余りだったこと、生前楽譜が出版されなかったことなどにより、その名が広く知られることはなかった。

しかし、チェンバロ作品とオルガン作品は多数残しており、特に「プレリュード・ノン・ムジュレ」という全音符のみによって記譜され、多様なスラーによって演奏の指示が与えられている拍子のないプレリュードは、ルイ・クープランの偉大な才能を端的に表現している。彼はフランス・チェンバロ楽派の創始者ともいわれるジャック・シャンピオン・シャンボニエール(1601~1672)にその才能を認められ、パリに出て活躍し、1653年にパリのサン・ジェルヴェ教会のオルガニストとなり、以来このポジションはクープラン家が継ぐようになる。この教会は現在も当時のままの姿で旅人を迎えてくれ、代々クープラン家の人々が演奏していたオルガンも存在している。

そんなルイ・クープランの作品を新たに世に紹介するべく、「新しい組曲集」を録音したのがフランスの古楽界の第一人者、オペラの指揮や奏者として活躍するクリストフ・ルセである。1961年アヴィニョンに生まれ、13歳でチェンバロに魅せられた。以後、各地の名手に師事し、83年ブルージュ国際チェンバロ・コンクールで優勝の栄冠に輝く。

新譜は組曲が11曲収録され、それぞれプレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、シャコンヌなどで構成されている。ルセはこの録音に2015年に落成したフィルハーモニー・ド・パリの音楽博物館が所有する1652年製のヨアンネス・クーシェのチェンバロ(フレンチ・フレミッシュ)を使用しており、洗練された透明感に満ちたふくよかな音色、エレガントで色彩感豊かな響きを存分に生かしている。ルセの演奏は、とても自然体で表情が幾重にも変化していく。

以前、インタビューしたときに「バロック音楽は奥の深い魅惑的な世界。眠っている知性を目覚めさせてくれると思います。ですから、食わず嫌いをせずに、気軽に聴いてほしい」と語っていたが、まさにこのルイ・クープランは不思議で蠱惑的な世界へと聴き手をいざなう。ルセの魔術にかかるようだ。

■アルバムインフォメーション

『ルイ・クープラン:新しい組曲集』(CD2枚組)

アーティスト:クリストフ・ルセ
発売元:キングインターナショナル
価格:4,500円(税抜)
詳細はこちら

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

 

特集

今月の音遊人:仲道郁代さん「多様性こそが音楽の素晴らしさ、私自身もまだまだ変化していきます」

今月の音遊人

今月の音遊人:仲道郁代さん「多様性こそが音楽の素晴らしさ、私自身もまだまだ変化していきます」

10667views

ピート・ファイン&ザ・フロウ

音楽ライターの眼

幻の摩天楼ヘヴィ・サイケが蘇る。ピート・ファイン&ザ・フロウ

1460views

楽器探訪 Anothertake

ピアノならではのシンプルで美しいデザインと、最新のデジタル技術を両立

6620views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

55669views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

4712views

トーマス・ルービッツ

オトノ仕事人

アーティストに寄り添い、ともに楽器の開発やカスタマイズを行うスペシャリスト/金管楽器マイスターの仕事

1502views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

6723views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

13733views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

13822views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

2069views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6059views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29858views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17159views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10041views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#026 ハード・バップのお手本を生み出したシンプルな編成と陽キャな企画~ブルー・ミッチェル『ブルーズ・ムーズ』編

1117views

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

オトノ仕事人

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

14886views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

9472views

【楽器探訪 Another Take】ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

楽器探訪 Anothertake

ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

9482views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

7080views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

4833views

楽器のあれこれQ&A

いまさら聞けない!?エレクトーン初心者が知っておきたいこと

26952views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10724views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9944views