Web音遊人(みゅーじん)

重田克美

スポーツやイベントの会場で、選手やお客様のためにいい音環境を作る/音響エンジニアの仕事

ホールや劇場などで流れる音楽や音声の、音質や音量を整える音響の仕事は、コンサートやオペラ、演劇などでその存在が知られるが、実はイベントやスポーツなどにおいても重要な役割を担っている。イベントを成功させる音作りのためにどのような点に留意しているのか、音響エンジニアの重田克美さんにお話を伺った。

重田さんはヤマハミュージックエンタテインメントホールディングスの社員として、イベントやスポーツの現場で音響を担当。ここ数年は国内の主たるフィギュアスケート大会において、音響チームのリーダーとして器材のセッティングから楽曲の管理まで全般を統括している。
「音響の仕事は、会場を下見してどのような器材を用いるか検討することから始まります。主となるのはスピーカーの種類や数で、設置する角度なども重要。大きな大会ではスピーカーを持ち込み、その取り付けも音響エンジニアが行います」
何千人という観客が入る大きな大会では、大型スピーカーをいくつも用いる。これはコンサートと変わらないが、「コンサートではステージの音楽を客席に届けることが大切ですが、スポーツは選手のための音が最優先」となり、スピーカーは客席用に加えて選手専用のものも取り付け、リンクのどこからでも聴こえるよう角度を調整する。

音響エンジニアの仕事

(写真左)共に働く音響スタッフの皆さんと。長年の仲間でチームワークはバツグン。(写真右)スケートリンクの真上に取り付けられたスピーカー。客席用のスピーカーと、リンク上の選手のためのスピーカーがある。

各選手が競技で使用する楽曲の管理も音響スタッフの重要な仕事である。選手は本番の2日前に使用する楽曲を申請し、音源を運営事務局に提出する。それを受け取ってパソコン(以下、PC)のシステムに取り込み、本番で使えるように音量などを調整するのだ。
「最も大切なのは、曲を間違えることなく再生し、最後まで止めないことです」
フィギュアでは選手1人がショートとフリーの2曲を使用する。出場選手が80人なら音源は160曲。どの選手の音源なのかを絶対に間違えないことを求められる。そのため、日本で行われる大会ではファイル名の付け方を独自にルール化している。
「音源を受け取った段階で曲に番号で名前を付けて、そのファイル名で再生できるか、曲が元の音源と合っているかを全部、公式練習までに確認します」
音源については音量の調整なども必要となる。特に近年は用いられる楽曲のジャンルの幅が広がり、音の種類は曲によってさまざま。また、音の聴こえ方は気温の影響を受けることもあるので、1曲ずつ入念にチェックをして調整するのだ。
大会当日は、レフェリーの合図に従って曲をかけ、場内アナウンスなどの音声も調整する。競技が終われば設備を撤収し、次の大会の準備に入る。

重田克美

「選手が滑りやすい音環境を作り、かつ、大勢のお客さんに対しても、選手の滑りを一体感を持って見てもらえるように音を出すことを目指しています」

重田さんは、スタジオの録音エンジニアとして、コマーシャルやイベントの音源など数多くのスタジオ録音を手がけてきた。シンクロナイズドスイミングの日本代表チームや、フィギュアスケートの本田武史選手が使用した楽曲録音などに携わった経験もある。
「僕自身はあまりスポーツをしないのですが、不思議と縁があるんです」
フィギュアスケートの音響担当としては10年の経験を積むが、実は、苦い経験をもしている。エキシビジョン演技中に音楽がストップしてしまったことがあるのだ。その後、ただちに原因を究明して、徹底したバックアップを敷けるシステムを構築した。それが、現在導入しているPC2台を連動させるシステムで、万が一、メインのシステムに異常があっても、瞬時にもう1台のPCで対応できるようになっている。失敗を糧に、より確実な方法を模索し続けてきた現在、選手から大きな信頼を得る音作りを実現している。
「人づてですが、ある選手が『日本に戻って、この音を聴くと安心して滑れる』と話していたと聞いて、うれしく思いました。もちろん、音の違いで選手のパフォーマンスが変わるわけではありません。でも、大会を支えているという自負はある。だから毎回、それぞれが音に対する工夫を持ち寄って、少しでもいい音にしようと取り組んでいるんです」

音響エンジニアの仕事

音響ブースのシステムは、重田さんたちが試行錯誤を重ねて構築した。「オペレーターにストレスがかからないようにするため、少ない動作で操作できるようにしています」(重田さん)。PC2台でのバックアップ体制を作ってから、ミスは起きていない。

コンサートなどではアーティストの演奏を客席に届けることが音響の第一義となるが、スポーツやイベントの場合はそれぞれに主体や目的が異なる。その特性をつかんで、全体の音の流れを構築しなければならないが、それが仕事のおもしろさともなっている。
「最近は音響チーム全体を見ることが多く、音響ブースに入ることがあまりないのがちょっと寂しいですね。でも、会場で選手の滑りを一観客として見られるのは、何も問題がないからこそ。みんなで作り上げてきたイベントが順調に進むのを見ているのは楽しいですね。選手はもちろん、お客さんにも喜んでもらえる音作りをこれからも心がけていきます」

Q.今の仕事に就いていなかったらどんな仕事を?
A.想像もつかないですねぇ。小さい頃に憧れていたのは電車の運転士でしたが、たぶん、何かを考えて何かを作る仕事だろうなぁとは思います。

Q.どんな音楽が好きでしたか?
A.僕たちの先輩だとビートルズだったのですが、僕はもう少し時代が後でレッド・ツェッペリンやディープ・パープルを聴いていました。だんだん、みんなが聴いていないものを聴くようになって、最終的にはヘビーメタルに行き着きました。とは言っても、子どもの頃から昭和歌謡や、親が聴いていたイージー・リスニング、ビッグバンドの曲なども聴いていたので、何でも聴く“雑食系”ですね。それに僕が音楽に携わるようになったきっかけは、歌謡曲なんです。岩﨑宏美の『熱帯魚』という曲を聴いたときに、これを演奏したい、そうだギターだ、となって、ギターを始めたんです。

Q.プライベートでよく聴く音楽は?
A.音楽の仕事がしたくて今の仕事に就いたので、今は趣味が仕事になってしまった部分があります。そうすると、純粋に音楽を楽しめなくなってしまうこともあって、一時期は「音楽は嫌いなんですよ」と言っていたことも。でも、先輩から「いろいろ言うのは、音楽が好きだからだろう」と意見されて、やはりそうなのかなって納得しています。やはり何でも聴く雑食系ですが、今は女性ボーカルの北欧系メタルをよく聴いたりします。エヴァネッセンスがヒットした頃、今さら?と思って聴いてみたらハマリました(笑)。10代、20代の頃に好きだったものは、ずっと残りますね。

Q.休日の過ごし方は?
A.小学生の子どもの相手をすることが多いですね。散歩が好きなので、一緒に歩いたりします。何か趣味的なことをしようとすると、つい、集中してしまうので、なるべく、何も考えずにボーッとしていたいんです。スポーツはあまりしないのですが、子どもの頃から自転車に乗るのだけは好きでした。時間があれば、自転車に乗って出かけたりしています。

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:川口千里さん「音楽があるから、ドラムをやっているから、たくさんの人に出会うことができて、積極的になれる」

7011views

安倍圭子傘寿記念演奏会

音楽ライターの眼

マリンバから生まれる多彩な音と可能性を堪能、多くの奏者が集った記念コンサート/安倍圭子 傘寿記念演奏会

5544views

マーチングドラムの必須条件とは?

楽器探訪 Anothertake

マーチングドラムの必須条件とは?

10821views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バイオリンの購入ポイントと練習のコツ

19066views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

16853views

オトノ仕事人

子ども向けコンサートを企画し、音楽が好きな子どもを増やす/コンサートプロデューサーの仕事

7889views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

20260views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7214views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

21820views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1337views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

5632views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29064views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

12067views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

29786views

音楽ライターの眼

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル、“本物の”『ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール』が半世紀を経て初公式リリース

1714views

一瀬忍

オトノ仕事人

ピアノとピアニストの絆を築く、アーティストリレーションの仕事

3130views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

10255views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

14268views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

12998views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5060views

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぼう電子ピアノ「クラビノーバ」3シリーズ

2528views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

6662views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9636views