今月の音遊人
今月の音遊人:荻野目洋子さん「引っ込み思案だった私は、音楽でならはじけることができたんです」
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ギリシャからすい星のごとくクラシック界に現れ、いま世界中の熱き視線を集めているのが指揮者のテオドール・クルレンツィスだ。各地で演奏するたびにセンセーションを巻き起こし、チケットが入手困難だといわれる彼は、昨年の初来日公演でも指揮棒を持たずに手と指でオーケストラに指示を与え、スリムなからだを自在に動かして踊るような指揮で聴衆の視線を一身に集めてしまった。
クルレンツィスはアテネ出身。1999年にロシアのサンクトペテルブルク音楽院に留学し、名伯楽といわれるイリヤ・ムーシンに師事した。その名が一躍知られるようになったのは、モーツァルトのダ・ポンテ3部作といわれる「フィガロの結婚」「コジ・ファン・トゥッテ」「ドン・ジョヴァンニ」のオペラを2013年に録音してから。ダ・ポンテの台本にモーツァルトは躍動感あふれる情熱的で劇的な音楽をつけ、傑作と称されるオペラを生み出した。クルレンツィスはそれらを2004年に創設した自身のオーケストラ、ムジカエテルナとともに録音。とりわけ「ドン・ジョヴァンニ」は天国と地獄が共存するようなドラマチックで激しく熱い演奏である。次いでリリースされたチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」も哀愁や悲しみを超えた慟哭の調べ。さらにマーラーの交響曲第6番「悲劇的」ではこれまで聴いたことのないような斬新で立体的な美を表現し、聴き手の心をわしづかみにした。
クルレンツィスは2011年にペルミ国立オペラ・バレエ劇場の芸術監督に就任したが、そのときにムジカエテルナとともに同地に移った。ペルミはウラル山脈西側に位置する工業都市。クラシックの中心からは離れた土地だが、いまやクルレンツィスの演奏を聴こうと世界中のファンが押し寄せている。
そんな彼らがベートーヴェン生誕250年の2020年にリリースしたのは、交響曲第5番「運命」。これまで聴いてきた「運命」とは一線を画すみずみずしく躍動感あふれる斬新な演奏で、からだ中が焼け付くような衝撃を覚える。まさにクラシック界に革命を起こす演奏で、次にどんな音が出てくるのかまったく予期できぬ魔力的なベートーヴェンに身も心もとらわれてしまう。
『ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」』
テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ
発売元:ソニーミュージック
発売日:2020年4月8日
料金:2,200円(税抜)
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伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー