Web音遊人(みゅーじん)

連載12[ジャズ事始め]フィリピンが“ジャズ・ミュージシャン養成所”となったのは大航海時代の植民地支配が関係していた?

大航海時代と呼ばれる16世紀前半、領土拡大政策を採った欧州列強は、西へ東へと艦隊や商船を派遣して、植民地化を進めていくようになる。

東南アジアも、列強の盟主だったスペインやポルトガルによって次々と統治されるようになった。

フィリピンは、1565年にセブ島がスペインの領有となったのを皮切りに、1571年にはルソン島のマニラをはじめ大部分がその支配下に置かれ、以降300年以上にわたりスペインの植民地だった。

東南アジアのヨーロッパ植民地化は、ヨーロッパの文化をこの地域に運んで根付かせるということでもあった。もちろん、音楽も例外ではない。

ジャズ前史時代のフィリピンで、東南アジアの土着音楽だけでなく、南ヨーロッパの音楽が一般的に知られていたことは、この国の出身者にとって後々かなりのアドヴァンテージになったのではないだろうか。

さて、フィリピンの音楽シーンにとってさらなる転機となったのは1898年。パリ条約によって統治権がスペインからアメリカ合衆国に譲渡され、今度はアメリカ文化がなだれ込むことになったのである。

20世紀を迎えるころのアメリカ合衆国では、ご存じのようにジャズが流行し始めていて、フィリピンもジャズのムーヴメントに巻き込まれていく。

もともとスペイン統治時代にヨーロッパ音楽に親しんでいたこともあって、フィリピン人にとって西洋風の音楽は未知のものではなかったのだから、ジャズがなだれ込んできてもすぐに馴染むことができたのは想像に難くない。

ちなみにスペインでは、17世紀ごろから民俗音楽の作風を取り入れた独自様式の国民オペラが流行していた。また、19世紀にはパブロ・デ・サラサーテ作曲のヴァイオリン独奏曲「ツィゴイネルワイゼン」に見られるような、ロマ音楽の影響を受けた室内楽を発展させたことなどからも、ドイツやオーストリア、またはイタリアやフランスといった“クラシック音楽のメインストリーム”とは系統の違う音楽的志向のあった国だと考えられる。

こうした志向性の違いが、植民地のフィリピンでも独特のクラシック音楽観(すなわちアンチ・クラシック音楽至上主義)と教育スタイルを生み、ジャズを受け容れやすい環境にもつながったのだと考えてみると、ジャズとのつながりが強まる感じがして、興味深くなるのではないだろうか。

一方の“ジャズを持ち込んだ”アメリカ合衆国のほうは、統治したフィリピンを足がかりにして、分割が進められていた中国最後の王朝・清の動向に関心をもつようになっていく。

アメリカ合衆国の興味が東へと延びたことで、ジャズ、そしてそれを演奏するフィリピンのジャズ・ミュージシャンも東へと移動することになったのは当然の成り行きだったのだろう。

そこで次回は、その新たな興味の対象となった清(中国)・上海のジャズ事情を取り上げてみたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

八神純子さん - 今月の音遊人

今月の音遊人

今月の音遊人:八神純子さん「意気込んでいる状態より、フワッと何かが浮かんだ時の方がいい曲になる」

13601views

音楽ライターの眼

日本のギター界を牽引する4人が登場!渡辺香津美と押尾コータローが絶妙な呼吸で聴かせた、圧巻の「ボレロ」/Acoustic Guitar Festival Special Concert Vol.2

4752views

マーチングドラムの必須条件とは?

楽器探訪 Anothertake

マーチングドラムの必須条件とは?

11502views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

5108views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

7463views

打楽器の即興演奏を楽しむドラムサークルの普及に努める/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

オトノ仕事人

一期一会の音楽を生み出すガイド役/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

15405views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

13775views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5612views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24633views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

5649views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6266views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30893views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

13622views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10359views

ブラック・ウィドウ

音楽ライターの眼

悪魔に捧げるライヴ儀式。英国ロックの“影”の名バンド、ブラック・ウィドウのCDボックス発売

671views

宮崎秀生

オトノ仕事人

ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事

2729views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

5649views

懐かしのピアニカを振り返る

楽器探訪 Anothertake

懐かしのピアニカを振り返る

17470views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

22900views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

4754views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

5108views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7704views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10371views