今月の音遊人
今月の音遊人:前橋汀子さん「同じ曲を何千回、何万回演奏しても、つねに新しい発見や見え方があるのです」
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日本各地のコンサートホールなどに導入され、バーチャルな音場空間を作り出すヤマハの「音場支援システム(Active Field Control/以下AFC)」。さまざまな形状(空間)のホールがある中、改築などを施さなくても用途に合わせた最適な音空間を作り出し、音楽をより豊かに響かせることができるという画期的なシステムだ。
2018年12月18日、東京の三田にある「建築会館ホール」で行われたライブ&プレゼンテーション『建築と響き』(主催:日本建築学会関東支部)は、講演などにも使用される多目的ホールで数種類のバーチャル音場空間を作り出すという実験も含め、コンサートの新しい可能性を示唆するイベントとなった。
会場内に入ると、フラットな床面に可動式の椅子が並べられているという講演会風のセッティングになっており、前方には一段高いステージが設置されてグランドピアノが一台置かれている(写真一番上)。目を引くのはステージ前に立てられた4本の高いマイクスタンド(拍手など客席の音を拾うためのもの)、そして客席を囲むように設置された16台の小型スピーカーだ(写真下)。つまりこのホール自体が音の実験場であり、集まった聴衆はAFCによって変化する音を体感できるのである。
そのAFCだが、今回は変化の度合いをわかりやすく伝えるため、3パターンのバーチャル音場を想定。第1のパターンは室内楽・リサイタル仕様となる「約333席の小規模なコンサートホール」(残響1.6秒)、第2のパターンはオーケストラ・コンサートが可能な「2,000席の大規模なコンサートホール」(残響2.0秒)、そして第3のパターンは天井が高く広大な「石造りのゴシック風建築教会」(残響5.0秒)。AFCをまったく作動させない、建築会館ホール自体のややデッドな響きも加えて、4つの音場を変化させてのライブ・パフォーマンスを楽しんだ。
今回のステージに登場したのは、音楽ユニット「Chouchou」のメンバー(ピアニスト&コンポーザー)として活動するかたわら、クラシックのピアニストとしても活躍しているarabesque Choche(アラベスク・ショシェ)さん。アコースティック・ピアノに加え、サラウンド音場を演出するスピーカーからはあらかじめ創造された多彩なサウンド(エレクトロニックなエフェクト、リズム、フランス語によるポエトリーリーディングなど)が放出されて、独特のアンビエント・エレクトロニカ風な世界を作り上げていく。さらにはスクリーンに映像も映し出され、ホールの空間そのものが彼の作品になっているような感触さえ受けるという、まさに未知の世界をバーチャル体験するような音楽だ。曲と映像はすべて今回だけのために制作されたオリジナルであり、ライブ・パフォーマンス中、曲ごとに、さらには1曲の中でAFCによる3つのパターンの音場が切り替わって、音空間の違いを体験できるのは実に興味深い試みだった。
ライブ終了後にはarabesque Chocheさんと、AFCのセッティングを行って今回の空間を創造したヤマハの空間音響グループの宮崎秀生さんが登壇。あらためてAFCの解説を行うと共に、どのようなホールでも、ごく自然な音としてクラシック専用のホールと同等の音場が作れることを紹介。arabesque Chocheさんは音楽家・クリエイターの立場として、音楽をより豊かにしつつ繊細なニュアンスも聴衆へ届けることができる技術は、音作りにも大きな影響を与えることなどを語った。
日本各地には数多くの多目的ホールが存在し、ますます増えていくことも予想される中、コンサート(音楽)の内容や講演会などのニーズによって音場を変えることができるというAFCは、聴衆の満足度をアップさせるためにも有効なシステム。今回のイベントは建築という側面から音響空間を考え、より素晴らしい音楽体験などを聴衆に提供するための可能性を示してくれたといえるだろう。