Web音遊人(みゅーじん)

連載14[ジャズ事始め]アメリカよりも箔が付いた?“ジャズの蜜月地”上海

第二次世界大戦前の日本のジャズ・シーンでは、「上海帰りは箔が付く」と言われたそうだ。

箔とは、金・銀・銅のような軟らかい金属を打ち延ばし、薄い紙状にしたもの。これを美術品や工芸品に貼って装飾すると価値が上がったことから、物事の値打ちを高める例えに用いられる。

“上海帰り”に“箔が付く”のは、前稿でも書いたように祖界が世界的な金融都市として発展し、その恩恵を受けたナイト・エコノミーの熟成にジャズが貢献していたことと関係している。

つまり、本国よりも景気が良いと聞きつけたアメリカの一流ミュージシャンが上海をめざすようになり、アメリカからもミュージシャンが来ているという噂を耳にした日本やフィリピンのミュージシャンが“本場の技術やセンスを学び盗ろう”と海を渡って行ったのだ。

と、ジャズメンは向学心旺盛であるという前提で筆を進めてみたが、もちろんそれだけであるはずがない。

上海行きで“箔を付ける”のは、ミュージシャンとしての自分の地位を高めるためであるのはもちろんなのだが、当時の事情を証言する資料のなかから、さらなる打算が隠されていたことを見つけることができた。

それは、一緒にダンサーを連れて行く、というエピソードだった。

どうやら、バンドマンが大挙して押し寄せる上海のナイトクラブには、「ダンサーを連れて来たら礼金を支払う」というシステムがあったらしい。当時、日本のジャズメンたちが「2人で上海へ逃げよう」というセリフを吐いてダンサーを口説いていたという証言はエヴィデンス(とその成功確率?)に欠けると判断せざるをえないが、渡航計画を立てる一団のリーダーの立場なら、ジャズメンだけでなくダンサーも加えることで往路経費のいくらかを補填できると目論んだとしても、不思議はないと思ってしまうのだ。

ジャズメンの上海行きに、こんな裏話があったかもしれないことをわざわざ引き合いに出したのは、“上海”と聞いてまず、あるジャズ・ソングを思い浮かべたから。

1940年代から60年代にかけて、アメリカのエンタテインメント業界で歌に映画にと大活躍していたドリス・デイの、1952年の世界的なヒット曲「上海」だ。

この曲、もともとは「Why Did I Tell You I Was Going To SHANGHAI」(なんで私が上海へ行くつもりだっていったのかわかる?)という長いタイトルだったようで、内容はそのタイトルどおり。

本当は一緒にいたいのに素直になれず、「私は上海に行くからあなたとはお別れよ」と口走ってしまった彼女の本当の気持ちを歌っている。

行き先はなぜ上海だったのか?

単純にアメリカ大陸からの距離の遠さを表現するために使ったのではないだろう。1920年代には本家アメリカをもしのぐジャズ隆盛の地で“魔都”とも呼ばれた上海のイメージを恋の“切なさ”や“激しさ”に重ねようとしたのであり、ヒットの背景にはそうした“ジャズの空気感”を共有できる世代の存在があったことは想像に難くない。

そして、その“ジャズの空気感”を共有できる歌い手が、日本にもいた。次回はその話をしよう。

参考:内田晃一『日本のジャズ史=戦前・戦後』スイング・ジャーナル社

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

實川風

今月の音遊人

今月の音遊人:實川風さん「音楽は過ぎ去る時間を特別な非日常に変えるパワーを持っていると思います」

4907views

ティナ・ターナー

音楽ライターの眼

ティナ・ターナーの豊潤なソロ・キャリアを辿る。CD3枚組アンソロジー『クイーン・オブ・ロックンロール』発売

1782views

楽器探訪 Anothertake

奏者の思いどおりに音色が変化する、豊かな表現力を持ったグランドピアノ「C3X espressivo(エスプレッシーヴォ)」

13021views

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法 - Web音遊人

楽器のあれこれQ&A

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法

18131views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

13789views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

歌手・演奏者と共に観客を魅了する音楽を作り上げたい/コレペティトゥーアの仕事(後編)

8862views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

16892views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8361views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11982views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

9260views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

6201views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35969views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

13789views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11982views

音楽ライターの眼

ベンチャーズが来日60周年記念ツアー。変わる時代と変わらぬ音楽

16387views

宮崎秀生

オトノ仕事人

ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事

5137views

われら音遊人:高度&骨太なサウンドにソウルフルな歌声が響く!

われら音遊人

われら音遊人:高度&骨太なサウンドにソウルフルな歌声が響く!

1533views

楽器探訪 Anothertake

目指したのは大編成のなかで際立つ音と響き「チャイム YCHシリーズ」

13917views

福岡市民ホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史をつなぎ、新しい感動をつくる。音楽・芸術文化の新たな拠点/福岡市民ホール

1150views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5873views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

403766views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

10744views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35969views