Web音遊人(みゅーじん)

ティナ・ターナー

ティナ・ターナーの豊潤なソロ・キャリアを辿る。CD3枚組アンソロジー『クイーン・オブ・ロックンロール』発売

2023年5月24日に83歳で亡くなったティナ・ターナーのソロ・キャリアを網羅したCD3枚組アンソロジー『クイーン・オブ・ロックンロール』がリリースされた。

アイク・ターナーとの夫婦デュオ、アイク&ティナ・ターナーとして1960年代に『リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイ』『プラウド・メアリー』などをヒットさせたティナだが、本作では2枚目のソロ作『アシッド・クイーン!』(1975)以降のナンバーが、シングル曲を中心に全55曲、約4時間収録されている。

本作はただベスト盤として楽しむことも出来るが、じっくり聴き味わうことによって、新しい発見をすることが出来るアルバムでもある。

ソロ・アーティストとしての世界的ブレイクを経て躍進を続けるティナの軌跡

本作でメインの軸となるのが『プライヴェート・ダンサー』(1984)からのナンバーだ。彼女を世界的なスーパースターの座に押し上げた名盤であり、シングルも連続してヒット。何と全10曲のうち7曲が本作に収録されている。なお収録されなかった3曲も勢いのあるオープニング・ナンバー『ソウル・サバイバー I Might Have Been Queen』、ジェフ・ベックのギターが火を噴く『スティール・クロー』、デヴィッド・ボウイの『1984』という、いずれも名曲・名演揃いで、『プライヴェート・ダンサー』を全曲入れても違和感がなかったのでは?……と思わせたりもする。

一方、改めて気付かされるのは、そのアーティスティックな絶頂期が長期にわたることだ。アイク&ティナ・ターナーが離婚解散、セールス的には成功しなかった『Rough』(1978)『Love Explosion』(1979)からの曲もピックアップしているが、『プライヴェート・ダンサー』で彼女を知ったリスナーはそのレベルの高さに驚かされるだろう。特に『Rough』はピーター・ベロッテ(ドナ・サマーの大成功に貢献したプロデューサー/ソングライター)からエルトン・ジョン、アラン・トゥーサン、そしてウィリー・ディクスンやリロイ・カーによるブルースまで多彩な楽曲をティナ節でねじ伏せてしまう強力作だ。しばしば“低迷期”といわれる1970年代後半の彼女だが、その鮮烈なヴォーカルは圧倒的な存在感を放っている。

ソロ・アーティストとしての世界的ブレイクを経て躍進を続けるティナの軌跡を、本作は追っていく。『ブレイク・エヴリ・ルール』(1986)、『フォーリン・アフェアー』(1989)、『どこまでも果てしなき野性の夢 Wildest Dreams』(1996)そして最後のオリジナルアルバムとなった『トゥエンティ・フォー・セヴン』(1999)と、決して作品数は多くなかったが、『ティピカル・メイル』『ザ・ベスト』『アイ・ドント・ワナ・ファイト』などのヒット曲が散りばめられている。『マッドマックス/サンダードーム』(1985)の『孤独のヒーロー We Don't Need Another Hero』や『007/ゴールデンアイ』(1995)の『ゴールデンアイ』など、映画主題歌も本作で聴くことが可能だ。

長くて深いティナとロックの交流

本作のタイトルである『クイーン・オブ・ロックンロール』であるが、実は生前の彼女がそう呼ばれることは決して多くなかった気がする。むしろ日本ではアイク&ティナのアルバム『Come Together』(1969)の邦題から“セクシー・ダイナマイト”と呼ばれることが多かった印象があるものの、ティナとロックの交流は長く深い。彼女は1966年にはザ・ローリング・ストーンズと共にツアーを行っているし、ザ・フーのロック・ミュージカル『トミー』の映画版(1975)に“アシッド・クイーン”役で凄演を見せるなど、古くから第一線のロック・アーティスト達と関わっている。本作に収録されている曲にもブライアン・アダムス(彼はライナーノーツも寄せている)、デヴィッド・ボウイ、エリック・クラプトン、ジェフ・ベックらを向こうに回して熱唱する彼女の歌いっぷりを聴かされて、“ロックンロールの女王”の称号に異を唱える者はいないだろう。

ちなみに本作に収録されていないライヴ・コラボレーションにも素晴らしいものがあるので、ティナの凄さに目覚めた方は掘り下げていただきたい。

ひとつは1985年、空前のチャリティ・イベント“ライヴ・エイド”でのミック・ジャガーとの共演。凄まじいテンションで『ステイト・オブ・ショック』と『イッツ・オンリー・ロックンロール』のメドレーを披露している。こちらはDVD『ライヴ・エイド』で見ることが可能だが、途中でミックにスカートを剥ぎ取られたティナが「アラいやだ!」とばかり強烈な表情を浮かべるシーンに震撼させられる。

もうひとつはライヴ・アルバム『モア・ライヴ!』(1988)に収録されているデヴィッド・ボウイとのデュエットだ。クリス・モンテスの『レッツ・ダンス』とボウイの『レッツ・ダンス』という同名曲をメドレー形式で歌うというもので、ふたつのエネルギーの塊がぶつかり合うパフォーマンスで魅せる。

CD3枚組という大ヴォリュームでティナの豊潤なソロ・キャリアを総括する『クイーン・オブ・ロックンロール』だが、これがゴールではない。彼女の音楽世界をさらに深く掘り下げるためのイントロダクションでもあるのだ。

『クイーン・オブ・ロックンロール』の最後を締め括るのは『サムシング・ビューティフル(2023ヴァージョン)』だ。『どこまでも果てしなき野性の夢』収録曲のニュー・ヴァージョンだが、“南無妙法蓮華経~”というお題目が追加されている。人生で最後の、アルバムの幕を下ろすラスト曲までサプライズに満ちた本作は、まさに彼女の人生を集約したものだといえる。

■アルバム『Queen Of Rock 'n' Roll / クイーン・オブ・ロックンロール』

Queen Of Rock 'n' Roll / クイーン・オブ・ロックンロール

発売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2023年11月24日
価格:4,400円(税込)
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

今月の音遊人 - 平原綾香さん

今月の音遊人

今月の音遊人:平原綾香さん「未来のことを考えず、純粋に音楽を奏でる人こそ、真の音楽家だと思います」

16826views

音楽ライターの眼

作曲と演奏という相反する力学から見たジャズとクラシック

6350views

楽器探訪 Anothertake

ピアノならではのシンプルで美しいデザインと、最新のデジタル技術を両立

7558views

楽器のあれこれQ&A リコーダー

楽器のあれこれQ&A

リコーダーを長く楽しむためのお手入れ方法

15235views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

12287views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

見えないところこそ気を付けて心を配る/弦楽器の調整や修理をする職人(後編)

9214views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

27038views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

4152views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

37165views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

7935views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

5430views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35002views

今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

9937views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

21776views

ドイツのバリトンの名手、クリスティアン・ゲルハーヘル、馨しきモーツァルトのオペラ・アリアを歌う

音楽ライターの眼

ドイツのバリトンの名手、クリスティアン・ゲルハーヘル、馨しきモーツァルトのオペラ・アリアを歌う

6284views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

4285views

武豊吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人: 地域の人たちの喜ぶ顔を見るために苦しいときも前に進み続ける

2828views

CLP-800シリーズ

楽器探訪 Anothertake

グランドピアノの演奏体験を全身で感じられる電子ピアノ── クラビノーバ「CLP-800シリーズ」

3625views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

20356views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

6554views

ヴェノーヴァ

楽器のあれこれQ&A

気軽に始められる新しい管楽器 Venova™(ヴェノーヴァ)の魅力

4488views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

4152views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35002views