今月の音遊人
今月の音遊人:沖仁さん「憧れのスターに告白!その姿を少年時代の自分に見せてあげたい」
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「Web音遊人」にもご執筆いただいている音楽ジャーナリストの伊熊よし子さん。国内外のアーティストへのインタビューや公演レポートの執筆、講演、司会など幅広い活動を通して、音楽家と聴衆の間をつなぐ「音楽ジャーナリスト」という仕事について、その心構えや極意を伺った。
「私はとにかく取材が好き、人の話を聞くのが好きなので、音楽ジャーナリストとしての仕事の方が、音楽評論家としての仕事よりも多いんですよ」と伊熊さんは語る。アーティストへのインタビューといった取材を主体とする「音楽ジャーナリスト」と、客観的な視点から演奏を批評する「音楽評論家」とでは、そもそも仕事の立ち位置が違う。伊熊さんはピアノ専門誌『ショパン』の編集長を務めたあと、独立し、音楽ジャーナリストとしてクラシックの裾野を広げることに心血を注いできた。
「専門誌や評論は、音楽に詳しい人に向けて発信するものじゃないですか。でも私は一般の人にわかりやすくクラシックを広めたいと思って独立したので、まず一般誌を開拓していきました。『Hanako』『ぴあ』『アサヒグラフ』といったファッション誌やカルチャー誌でクラシックの連載を持ちましたが、専門誌とはまったく違う世界でしたね。原稿に音楽の専門用語が入っていると、“アダージョはいいけどアレグレットはわからない”といって校閲から戻ってきてしまうんです。ですから私は、専門用語を使わない、専門誌のような書き方はしない、けれど読者は大人なので小学生に向けたような文章にはしない、といったルールを設けてクラシックを紹介していきました。専門誌に書くよりずっと大変でしたよ」
年間70人ぐらいのアーティストにインタビューをするという伊熊さん。どんなに気難しい巨匠も、デビューしたばかりで緊張している新人も、伊熊さんの手にかかると途端に表情が柔らかくなり、次から次へと話し出す。
「相手が話すのをいかに引き出すかがインタビューの極意だと私は思っているので、インタビュアーである自分は話してはいけないんです。人間はみんな自分の話をするのが好きなの。けれど私は人の話を聞くのが好きだから、この仕事に向いているのでしょうね。取材中はメモもとりません。集中して相手の目を1時間見ていたら、どんな人でも絶対に顔を覚えてくれるから。そうすると、次にインタビューするとき楽になります。無口な人や気難しい人にインタビューするときは燃えますね。“今日はがんばってこの人を喋らそう!”って」
この日も個性的なアーティストたちの取材時のエピソードをたくさんお話しいただいたが、なかでも作曲家のマイケル・ナイマンの話が印象的だった。ナイマンにインタビューした際、彼は伊熊さんを不思議そうに見て、次のように言ったという。
「私は世界中で取材を受けてきたが、インタビュアーには3つのタイプがある。1つ目はドイツやイギリスによくいるタイプで、みずからの知識を滔々と述べたてて、私は10%も話せない。2つ目のタイプはアメリカが典型的で、事前になにも勉強してこない。そして3つ目のタイプは日本で、資料やメモを見ながら顔も上げず、マーカーで質問リストを順に消していくだけ。私はまったくインタビュアーの顔もわからず、印象に残らない。けれど、君はどのタイプにも入らないから珍しいよねえ。メモもせずにガンガン聞いてくるけど、本当に大丈夫?」と。ちょっと皮肉めいた言葉だが、相手にそう思わせたらこっちのもの。これぞインタビューの達人の仕事ぶりである。
ピアニスト・指揮者のヴラディーミル・アシュケナージとのエピソードも強烈だ。アシュケナージにはじめてインタビューした際、機嫌が悪かった彼は伊熊さんの質問になにひとつ答えず、ずっと黙っていたのだという。凍りついた空気のなか、「これはもう、仕事がなくなってもいい」と意を決した伊熊さんは、「アシュケナージさん、あなた失礼じゃないですか!」と言い放った。そして「インタビューが嫌なら断ればいいじゃないですか。引き受けた以上、答えてくれなければプロではないです」と。そう言われて「ふうん、こいつなかなかやるじゃないか」といった顔をしたアシュケナージは、「いやいや、君に罪はない。じつは今日はオフで妻と買い物に行くはずだったのに取材を入れられてね……」と話し、質問に答えはじめたのだそうだ。
「アシュケナージは昔、とても神経質で気難しい人だったんですよ。インタビューでも音楽の話は一切しないので、じゃあなにを聞いたらいいの? という感じ。最初のインタビューで喧嘩してから、その後も何回もインタビューしたり、ロンドンの空港でばったり会って腐れ縁だと言われたり(笑)、何十年も取材してきたけれど、以前は鋭く尖っていた彼も、最近はうんと優しくなってしまった。ああ、歳をとったんだなあって、私はそれがなんとも言えず寂しくて……。長年にわたってひとりのアーティストを追い続けるって、こういうことなのだと実感しました。そうやってアーティストの人間性を伝えることによって、その人の音楽に興味を持つ人が増えてくれればいいなと思いながらこの仕事をしています」
インタビュー以外に、近年では地方のコンサートホールでの講演の仕事も多いという。コンサートの前に、これから演奏するアーティストや作品についてレクチャーをすると、日頃はクラシックに親しみのないお客さんも熱心に聞いてくださるそうだ。深く豊かなクラシックの世界への入り口を作る音楽ジャーナリストの仕事は、音楽の「送り手」と「受け手」をつなぐ懸け橋とも言うべき、なくてはならない存在なのである。
Q.子どもの頃の夢は?
A.1つ目はエジプトの考古学者。ヒエログリフという象形文字の専門家になりたくて、解読の本を一生懸命読んでいました。中学生のころ「もうちょっと大きくなったらエジプトに発掘に行きたい」と言ったら、父に「女の子をそんなところに行かせられない。ピアノを弾いていなさい!」と言われてしまい、諦めました。2つ目はインテリア・デザイナー。部屋の装飾やリフォームに興味があって、もし音大に行っていなかったら、美大でインテリア・デザインを勉強したかったです。
Q.休日はどう過ごされていますか?
A.仕事をしながらバケーションをする「ワーケーション」という言葉がありますが、2年ほど前から京都に仕事部屋を持って、東京との2拠点生活をしています。ずっとパソコンに向かっていると目が痛くなるので、京都の御所やお寺の緑を眺めながら仕事をして、休めるときは食材屋さんをめぐったり、面白いカフェを探索したり。いつか京都の町屋でクラシックの講座を開くのが夢です。
Q.音楽以外に好きなことは?
A.料理が好きで、音楽と料理を結びつけたオリジナル・レシピをあれこれ考えています。「アーティスト・レシピ」という企画では、毎回ひとりのアーティストを取り上げ、その人のインタビューや音楽からイメージした料理を作りました。たとえばフルート奏者のエマニュエル・パユのときは、大の日本通の彼にちなんで、いろいろな具を入れた特製さつま汁に。「食べてみたいからコンサート会場まで持ってきて」「私がやっている南仏の音楽祭に出張シェフとして来て」というオファーもあったんですよ。
Q.今、いちばん熱中していることは?
A.京都の食材めぐりですね。京都には昆布、鰹節、湯葉、ちりめんじゃこ、お揚げ、お豆腐といった食材屋さんがたくさんあって、創業から100年を超える老舗も多い。この道ひと筋のベテランの職人が毎日千枚漬けのかぶをミリ単位の薄さに刻んでいる姿を見たり、季節の気温と湿度によって塩加減を変えるという話を聞いたりすると、こうした職人の世界はクラシックにも通じると思うわけです。老舗の食材屋さんを紹介しながら、その食材で料理を一品作るといった本を出してみたいですね。
文/ 原典子
photo/ 坂本ようこ(1、2、5枚目)
tagged: オトノ仕事人, 伊熊よし子, 音楽ジャーナリスト
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