今月の音遊人
今月の音遊人:May J.さん「言葉で伝わらないことも『音』だったら素直に伝えられる」
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イギリス全土にパンク・ロック旋風が吹き荒れた1977年。社会現象にまでなったこのムーヴメントの代表バンドがセックス・ピストルズだった。数枚のシングルと1枚のアルバム『勝手にしやがれ!!(原題:Never Mind The Bollocks, Here’s The Sex Pistols)』のみで解散した彼らだが、『アナーキー・イン・ザ・U.K.』『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』などはロック史に残る名曲として、時代を超えて聴き継がれている。
エリザベス女王の即位25周年というタイミングで発売された『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』は“女王は人間じゃねえ。ノー・フューチャー!”というメッセージで放送自粛要請対象曲になったにも拘わらず音楽紙“NME”チャートで1位に。テムズ川でゲリラライヴを行って逮捕者が出るなど、一大センセーションを巻き起こした。それから45年、女王即位70周年という祝賀ムードの2022年のイギリスで、セックス・ピストルズが新たな注目を集めているのだ。
残念ながら再結成ライヴなどは行われないが、新装ベスト・アルバム『オリジナル・レコーディングス』がリリースされている。そもそも1枚しかアルバムを出していないのにベストも何もないのでは……という声もあるだろうが、『勝手にしやがれ!!』のナンバーや映画『ザ・グレイト・ロックン・ロール・スウィンドル』サウンドトラックの曲、シングルB面曲を加えたトータル20曲は強力なものだ。『勝手にしやがれ!!』の全12曲中10曲が収録されているのだから『ライアー』『拝啓E.M.I.殿』も追加すればアルバム全曲を聴くことが出来るのではあるが、あえてそれをせず、また曲順をシャッフルすることで、新鮮なエクスペリエンスを味わうことが出来る。
もうひとつ大きな話題を呼んでいるのが、ディズニープラスで2022年7月13日(水)から配信される『セックス・ピストルズ(原題:Pistol)』である。映画『トレインスポッティング』(1996)『28日後…』(2002)『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)などで知られるダニー・ボイル監督によるこの作品は、セックス・ピストルズの結成から解散、ベーシスト:シド・ヴィシャスの死までを全6回のエピソード(各50分)で物語るドラマ・シリーズだ。
これまでセックス・ピストルズの映像作品は『ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル』(1979)、『シド&ナンシー』(1986)、『セックス・ピストルズ 勝手にやったぜ!』(2008)などがあったが、本作はギタリスト:スティーヴ・ジョーンズの自伝『ロンリー・ボーイ/ア・セックス・ピストル・ストーリー』を“原作”としたもの。スティーヴの視点から見たバンドの軌跡を辿っており、それぞれのメンバーの心情や人間関係が当時の世相や音楽シーンの模様を交えながら描かれている。もちろんピストルズの曲もふんだんに使われており、パンク・ロック初心者でも楽しむことが可能だ。
俳優がミュージシャンを演じる映像作品はバイオピックと呼ばれるひとつの潮流となっており、最近ではクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)、エルトン・ジョンの『ロケットマン』(2019)、エルヴィス・プレスリーの『エルヴィス』(2022)などが公開されている。『ボヘミアン・ラプソディ』ではクイーンの“ライヴ・エイド”でのステージの再現ぶりがファンを驚かせたが、本作でもTV番組“ビル・グランディ・ショー”で放送禁止用語を連発したインタビュー、シドが銃を乱射する「マイ・ウェイ」ビデオなどが俳優たちによって再現されるのがハイライトのひとつだ。
一方、熱心なファンから論議を呼びそうなのが、歴史的事実から逸脱した“脚色ぶり”である。本作ではプリテンダーズ結成前夜のクリッシー・ハインドがヒロインに近い役柄で登場、スティーヴとのロマンスめいた関係も描写される。実際には2人は親しい友人だったようだが、本作ほど深い交流はなかったらしい。クリッシーは本作の脚色ぶりに「ショックを受けた」そうだが、怒ってはいないとのこと。一方のスティーヴも監督のボイルと脚本家のクレイグ・ピアースによる事実の改変をあまり気にしておらず、「これはドキュメンタリーじゃなくてドラマだからね!」と語っている。
なお、バンド結成前のスティーヴがロンドンのライヴ会場に忍び込んで、デヴィッド・ボウイのバンドの機材を盗んだのは事実。彼は後にボウイ本人、そしてドラマーのウッディ・ウッドマンジーに謝罪したのだという。
ただ、ホークウィンドのライヴ会場から機材を盗んで警官に逮捕されたエピソードはフィクションだ。後にモーターヘッドを結成するレミーを含むアーカイヴ映像が映し出されるが、実際にはスティーヴとレミーは、友好的な関係だった。
ちなみにレミーはシドに「3日ぐらい」ベースを教えたことがあったが、あまりにヘタクソで見込みがないので「諦めた方がいい」と勧めたところ、しばらくしてシドに「セックス・ピストルズに加入した」と言われて驚いた……と筆者(山崎)とのインタビューで話していた。
他にも歴史的事実の改変はいくつもあるが、そのまま受け入れて楽しんでしまうのもアリだし、ツッコミを入れながら見るのもアリ。1970年代のパンク・ロックやカルチャーも描かれており、『セックス・ピストルズ』は多角的に視聴者をエンタテインしてくれる。
バンドのシンガーだったジョン・ライドン(当時はジョニー・ロットン名義)が楽曲使用を拒否するも法的措置をとられ敗訴するなど、波乱もあった本作だが、そんな裏事情はともかく、パンク・ロック45周年のセレブレーションに相応しい作品だ。セックス・ピストルズのアナーキーはまだ終わらない。
発売元:ユニバーサルミュージック
発売日:2022年5月27日
価格(税込):2,750円
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山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログ/インタビューリスト
文/ 山崎智之
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tagged: 音楽ライターの眼, セックス・ピストルズ
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