今月の音遊人
今月の音遊人:神保彰さん「音楽によって、人生に大きな広がりを獲得できたと思います」
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摂氏40度をはるかに超える、“個性の競演”の熱量/イエルーン・ベルワルツ トランペット・リサイタル -竹沢絵里子(ピアノ)とともに-
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2022.9.7
tagged: 音楽ライターの眼, イエルーン・ベルワルツ, 竹沢絵里子
トランペット奏者はかつて、雇用形態が他の楽器奏者や歌手とは異なっていた。彼らは宮廷や都市、そして教会で、その権勢なり栄華なりを示すという大切な役割を負っていたので、エンターテインメントとしての音楽を奏でる楽士とは“身分”が異なっていたのだ。
そんな“高貴な音”を奏でていたトランペットはやがて、オーケストラの一員として市民社会に足場を築くようになり、ジャズなどポピュラー音楽のジャンルでも人気を博すようになる。
つまり私たちは、この楽器の魅力をありとあらゆる角度から楽しめる時代に生きている。このたびのリサイタルもまた、そんな“さまざまな角度”を聴き手に見せてくれる愉快なステージだった。
2022年7月31日、ヤマハホールでの演奏会が始まるとすぐに面白いことに気が付いた。振動する空気の柱を作り、その波を周囲に広げていくトランペットと、弦を直に打突して震わせ、それを客席に手渡していくピアノとでは、響き方からしてずいぶんと性格が違うのだ。
この特性の違いを“個性の競演”として聴かせるのは、なかなか難しい。その点でふたりの奏者のアンサンブル能力に疑いの余地はない。加えてホールにも、手柄の一部はあるだろう。ここはステージと客席が近いので、音楽を生のまま聴き手に届けるが、一方で天井が高いので、余韻を決して取りこぼさない。このホール特有のサウンドは、性格の違う二者の演奏を楽しむのにふさわしい。
前半、シャルリエ作品の後にベーメのトランペット協奏曲が続く。とりわけその第2楽章に、イエルーン・ベルワルツの演奏の美点がくっきりと浮き彫りになった。身体の勢いを殺して、落ち着いた音で音楽を一歩一歩、前に進める。輝かしく鳴る高音はもちろんだが、この、地に足のついた“大人の音”は格別に美しい。
それに寄り添うピアノも堂に入ったもの。奏者の竹沢絵里子は、管楽器との共演のエキスパート。ピアノの鍵盤から金管楽器の音色を巧みに引き出し、トランペットと対話を重ねていく。重要なのは管楽器奏者同様、ブレスのタイミングで音楽を分節していくこと。パートナーと同じ“言語”を話しているのがよく分かる。
後半、その共同作業が文字通り舞台上で乱舞した。リゲティの『マカーブルの秘密の儀式』をふたりが演じたからだ。この作品はオペラ《グラン・マカーブル》第2幕に登場する、超絶技巧のソプラノ・アリア。秘密警察の署長がおかしな言葉で警告を発する。
奏者は楽器の音に加え、意味不明な台詞回し、吐息や叫び声、ホイッスル、マラカス、果てはピアノの蓋をガタガタさせる音までも駆使して、極彩色の世界を描き出していく。
トランペットは常軌を逸したソプラノの歌を、ピアノはそのソプラノと綱引きするオーケストラをステージに現前させる。両者のサウンドの違い、つまり“個性の競演”が、その主導権争いを見事に語り尽くす。そのインパクトの前では、摂氏40度にならんとする気温の衝撃もかすむほどだった。
澤谷夏樹〔さわたに・なつき〕
慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了。2003年より音楽評論活動を開始。2007年度柴田南雄音楽評論賞奨励賞受賞。2011年度柴田南雄音楽評論賞本賞受賞。著書に『バッハ大解剖!』(監修・著)、『バッハおもしろ雑学事典』(共著)、『「バッハの素顔」展』(共著)。日本音楽学会会員、 国際ジャーナリスト連盟(IFJ)会員。
文/ 澤谷夏樹
photo/ Ayumi Kakamu
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