Web音遊人(みゅーじん)

煮詰まったジャズを毛虫から蝶へと変態させる可能性がAIには秘められているのか?

ジャズとAIの親和性を考えたときに東京ザヴィヌルバッハを思い出したのは、彼らが打ち込み(プリセット)の環境で「スポンテニアス(自然発生的)な演奏」をするのを目的としていたことに共通点を感じたからだった。

2000年あたりのポピュラー音楽シーンはコンピューター制御による“無人化”がほぼ完成され、そのことが逆に“人間と音楽の関係性”を改めて考えさせる圧力にもなっていたと思う。

東京ザヴィヌルバッハは、シーケンスソフト“M”によってコンピューター制御を転用した予定調和のズレを発生させ、人間の“気まぐれ”を差し挟む余地をこじ開けたことになるのだろう。

これはある意味で、コンピューター制御だけではどうしても出せなかった“グルーヴの盛り上がり”を手に入れるための、“だまし討ち”とも言える窮余の一策に思える。

敵を欺くにはまず味方から──という言葉もあるが、この場合は人間の感覚のほうを心地よくだませるように機械(つまりコンピューターの制御)をいじくったわけで、これこそが“AIでジャズをやる”ことの原初ではないのかと感じたわけだ。

そもそも“コンピューター制御”というのは、人間には困難とされるキッチリとズレのない結果のために開発されるべきものであったはず。キッチリと整わなければ成り立たないクラシック音楽とは対極にあるのがジャズだとすれば、東京ザヴィヌルバッハやAIでフリージャズこそが正しくジャズであろうとしたことになるだろう。

ただし、それを立証するのは難しいかもしれない。というのも、東京ザヴィヌルバッハ自体がスポンテニアスなため、その一部(つまりある作品)を取り出せるのかという問題があるからだ。

まるでそれは、「OUTERHELIOS」が地球まで電波の届かない場所に行ってしまったように流動的で、つかもうとしてもつかみきれないのと同じであるように感じてしまった。

とはいえ、本稿を読んで興味をもった人にもう少し東京ザヴィヌルバッハを俯瞰的に紹介してみたい。

東京ザヴィヌルバッハは、初期のメンバーに五十嵐一生の名があったことからもわかるように、“エレクトリック・マイルス”を21世紀的に再生しようという方向性を滲ませていたユニットでもあった。

余談だけど、当時は、1991年に亡くなったマイルス・デイヴィスが実はアンドロイドとして存在し続けている──というまことしやかな噂が流れていたりもした。

つまり、アンドロイドでもいいから、マイルスが求められていたジャズ・シーンがそこにあったということでもある。

それを十分に意識した立ち位置からスタートしたのが、東京ザヴィヌルバッハというユニットだった。

しかし彼らは、マイルスのフォロワーに堕することを避けるために、ターゲットを広げていく。例えば、ウェザー・リポートやチック・コリアのエレクトリック・バンドだ。

さらに2012年の『AFRODITA』では菊地成孔が抜け、“東京ザヴィヌルバッハ・スペシャル”という5ピースの“バンド”へと大きくメタモルフォーゼする。

ある意味で“エレクトリック・ジャズの30年史”を総括するような活動歴を残してきたのが、東京ザヴィヌルバッハだった。

そして、東京ザヴィヌルバッハを特徴づけている「“過去のモデル”を前述の“機械をいじくる”ことで再構築したサウンド」が最も完成されていると感じるのが、5枚目のアルバム『a8v(on the Earth)』(2004年)だ。

   ◆  ◆  ◆

前々回の稿で触れた養老孟司先生のインタヴューのなかに、毛虫から羽の生えた姿になる蝶は、サナギのなかでまったく別の生き物に生まれ変わるというエピソードが語られているのだけれど、東京ザヴィヌルバッハの変容はまさにそれである。

そんな“奇妙な一致”を感じてしまうと、AIとは、ジャズが生まれ変わるために必要な“サナギになるきっかけ”として、天が与えてくれたプレゼントなんじゃなかろうか?

──なんていう夢を見ながら、この稿の筆をひとまず置きたい。

「AIが拓くジャズの未来」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

ユッコ・ミラー

今月の音遊人

今月の音遊人:ユッコ・ミラーさん「音楽は人の心を映すもの。だからごまかすことはできません」

4944views

音楽ライターの眼

TOKYO BLUES CARNIVAL 2022開催。ブルースの楽しさと新時代の幕開け

5167views

マーチング

楽器探訪 Anothertake

見て、聴いて、楽しいマーチング

17938views

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンの取り扱いについて

楽器のあれこれQ&A

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンを安心して運ぶには?

128659views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

12310views

オトノ仕事人

芸術をとおして社会にイノベーションを起こす/インクルーシブアーツ研究の仕事

7878views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

27152views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

4175views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

25230views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

6065views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

5302views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11860views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

10709views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9644views

ライヴ・スペクタクルを音楽で彩る映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』が2025年7月公開

音楽ライターの眼

ライヴ・スペクタクルを音楽で彩る映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』が2025年7月公開

832views

アカネキカク akaneさん

オトノ仕事人

楽曲のイメージをもとに、ダンスの振りを考え、演出をする/振付師の仕事

3866views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

2862views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

スタイリッシュで斬新なデザイン。思わず吹いてみたくなるカジュアル管楽器「Venova(ヴェノーヴァ)」の誕生

11543views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

20418views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

6174views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

15463views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7921views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11860views