Web音遊人(みゅーじん)

オトノ仕事人 サウンドデザイナー/フォーリーアーティスト 滝野ますみさん 映像作品の登場人物に合わせて効果音を吹き込む/フォーリーアーティストの仕事

映像作品の登場人物に合わせて効果音を吹き込む/フォーリーアーティストの仕事

私たちが普段目にする映画やテレビドラマ、CMやゲームなどから聞こえる足音や衣擦れの音。これらはほぼすべて後から別に収録し、吹き込まれた「フォーリー」と呼ばれる効果音である。登場人物の感情をより豊かに表し、映像の臨場感を高めるためにも必要不可欠なフォーリーサウンド。その音づくりに携わる、サウンドデザイナー兼フォーリーアーティストである滝野ますみさんに、仕事内容や作業環境について聞いた。

自分の体や道具を使って映像にふさわしい音をつくる

「フォーリー」とは、20世紀前半のアメリカで効果音制作者として活動していたジャック・フォーリー氏に由来する名称で、映像作品の音響効果(サウンドデザイン)の中でも「映像を再生しながら、登場人物の動きや感情などに合わせて同時に生で制作、録音された効果音」がフォーリーサウンドと呼ばれている。

「一般的な映画やドラマなどから聞こえている台詞以外の音は、ほぼすべて映像に合わせて新たに録音しています。聞こえ方の強弱や取捨選択はありますが、人物の足音や衣擦れの音、食器の鳴る音や咀嚼音、主人公の背後を歩く通行人の靴の音までフォーリーサウンドとしてあらためて制作しているんです。フォーリーアーティストやフォーリーアクターとは、自分の体や道具を使ってさまざまな音を生み出す人のことを指します」

ポイントになるのは「生で制作、録音される」という点。風の音や雨音、打ちつける波の音といった、天候などに関係する音にはライブラリーと呼ばれる音源素材を用いることもあり、これらの効果音はフォーリーに含まれない。「映像に合わせてオリジナルで制作、録音されたもの」がフォーリーサウンドというわけだ。

「たとえば、風に揺れる草の音や爆発の後に降ってくる細かい石粒の音など、静かな環境でなければ収録できないものをフォーリーとして録るケースがありますね。いずれにしても、まずは編集済みの映像をチェックして、どういったフォーリーが必要なのかをすべて書き出した録音用の下書きを事前につくります。それを確認しながら『フォーリーステージ』という専用の録音スタジオで収録します」

フォーリーステージとは、コンクリートやアスファルト、土やフローリングといったさまざまな床面が張られ、あらゆる効果音が録れるように整えられたフォーリーサウンド専用スタジオのこと。ここに、登場キャラクターに合わせた服や靴など音づくりに必要な備品を持ち込み、フォーリーアーティスト自らが映像に合わせて動きながら音を付けていく。約2時間の実写映画であれば2人体制で5~6日間を目安に、必要なフォーリーの録音を終えるそうだ。

収録用の小道具写真

フォーリースタジオの中にはあらゆる日常的なアイテムが所狭しと用意されており、シーンに合わせてさまざまな工夫をして録音されている。右下の靴は滝野さんの私物。

必要なものは理解力と演技力、発想力

映像に合わせて自分自身の感性をフルに活かしながら音を生み出すフォーリーアーティスト。この仕事に対して滝野さんは「理解力と演技力、発想力が大切」と言う。

「キャラクターの気持ちを理解し、表現できてはじめて、その場面にふさわしい音が生まれると思っています。そのためにも、私は監督や制作の方と『なぜこの作品を作られたのか。どんな思いが込められているのか』ということを前もってしっかりと話し合うようにしています。可能な限り深い部分までやり取りして、作品についての考えや気持ちを共有する。映像がもつ意味をきちんと理解して、丁寧に音を付けていくことにやりがいを感じています」

こうしたひたむきな姿勢が、フォーリーサウンドづくりに欠かせない演技力にもつながっている。台詞を口にすることはなくとも、登場人物と同じように演じながら歩き、走り、ある時には思い切り転がり、またある時は平手打ちをされる(自分で自分の頬を叩くのだとか)。その人物の感情に寄り添い、生きた音を付けていく。

滝野さん収録風景。画面に映し出される映像を見ながら足音や衣擦れなどの音を収録する。

画面に映し出される映像を見ながら足音や衣擦れなどの音を録音する。音を鳴らすフォーリーアーティスト(滝野さん)と、オペレーションルームを担当するスタッフ2名体制が基本。

「動きをトレースして、タイミングを合わせて音を出せばいいという仕事ではありません。役者さんやキャラクターと同様に自分も演技をして感情を表現するからこそ、臨場感のある音が生まれます。そのことに気づいた時、この仕事のおもしろさを再認識しましたし、魅力と奥深さを実感しました」

また、実写作品だけでなくアニメーションやゲーム映像などの場合は、「毒がまかれた床を進む」「マグマの上を走る」といった、実体験を伴わないフォーリーサウンドも、現実味をもってつくり出さなければならない。そのために必要なものが発想力。普段からさまざまな場所へ出かけ、何ごとにもチャレンジし、経験や知識を積み重ねているそうだ。

「“実際に体験している”ことが強みになる仕事だと思います。想像することも大切ですが、やはり自分の実体験からしか生まれてこない音づくりのアイデアやひらめきがありますから」

滝野ますみさんインタビュー写真

確かにそこにある。けれど決して目立たない

フォーリーアーティストとしての信条は「神は細部に宿る」の精神。妥協せず、細かい部分にまで心を配り、作品の完成度を高める。そして、あくまでナチュラルに。

「後から付けられた音ではありますが、自然な音として聞こえなければいけないし、そうでなければリアリティは出せません。視聴された方に『今の音なにか変だな?』と思われるとダメですし、逆に『この効果音かっこいい!』といった印象を残すことも良いとは言えないので、そういう意味では難しい仕事かもしれません。確かにそこにあるけれど決して目立たない。まるで忍者みたいな存在ですね(笑)」

ここ数年、映画やテレビのドキュメンタリー番組で取り上げられ、徐々に関心を集めつつあるフォーリーアーティストだが、「私自身が注目される必要はないんです」と、少しはにかみながら真摯に答えてくれた滝野さん。けれど、とこう話してくれた。

「サウンドデザインのひとつにフォーリーという分野があって、そこにはフォーリーアーティストという人々がいて、こういう仕事をしている。そのことに少しでも興味をもって、若い方や新しい方がこの世界の仲間になってくれたら嬉しいです。みんなで切磋琢磨しながら音響制作の腕を磨いて、これからもより良い作品づくりに携わりたいと思っています」

その真っすぐな目には、映像にいのちを吹き込む「フォーリー」という仕事に対する誇りが見えた。

滝野ますみさんインタビュー写真

Q.子どもの頃になりたかった職業は?
音楽好きの両親の影響で、私も幼い頃から音楽に親しんで育ちました。合唱団に入ったり、クラシックサクソフォンのレッスンに通ったりしていたこともあって、漠然とですが「音楽に関する仕事に就きたい」と考えていたように思います。サウンドデザインに興味をもったのは東京藝術大学に進学してからなので、そういう意味では遅いスタートだったかもしれません。

Q.普段はどんな音楽を聴いていますか?
どうしても仕事に関連付けてしまうので「これ」と言えるものは特にないかもしれません。その分、世界のトップソング100などのランキング曲からK-POP、日本のアイドルグループまで何でも聴きます。最近おもしろいと思ったのはVTuberかな。音楽シーンで活躍するアーティストも増えましたよね。先日、リアルイベントに参加しましたが予想以上に楽しめました。

Q.印象的なコンサートやライブはありますか?
数年前に行った音楽フェス「FUJI & SUN」で観たブラジル音楽界の巨匠エルメート・パスコアールのステージでしょうか。パフォーマンスがすばらしいのはもちろん、パスコアール自身も踊り出したりして、帰りの時間が迫っていたのですが「いやだ、帰りたくない!」と本気で思いました。「音楽って楽しい。音を楽しむとはまさにこういうことなんだ」と実感したステージです。

Q.職業柄、気になる音はありますか?
人の靴音が気になります。「いい靴音」というのがあるんですよ。そういう音が聞こえてくると、どのくらいのヒールの高さ、太さなのか、どんな歩き方をしているのか……と、ものすごく真剣に見てしまいます。一般的に「高級な靴ほど歩行音がいい」と言われますが、私の実感としてもそう感じます。

Q.思い出深い映像作品は?
自分が携わった作品であれば劇場版アニメの『化け猫あんずちゃん』(2024年)でしょうか。実写で撮影した映像からアニメーションを制作するロトスコープという手法が用いられています。私は音響監督としてサウンドデザインとフォーリーを担当させていただいたのですが、今までにない作品だったこともあって「とにかく挑戦しよう、自分ができることはすべてやろう!」と全力で臨みました。サウンドの制作だけでも1年がかりでしたが、とても思い入れのある作品になりました。

photo/ 坂本ようこ

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