今月の音遊人
今月の音遊人:上原ひろみさん「初めてスイングを聴いたときは、音と一緒に心も躍るような感覚でした」
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ボサノバの根源へ、反復と変奏で描く至純の印象/伊藤ゴロー・チェンバーアンサンブル「Amorozsofia」
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2022.4.18
どんなジャンルにも収まらない不思議な魅力の音楽を聴いた。クラシックかポピュラーか、ジャズか環境音楽か、ドビュッシーかアントニオ・カルロス・ジョビンか。すべてを包摂した伊藤ゴロー独自の音風景だ。2022年3月26日、ヤマハホールでの「伊藤ゴロー・チェンバーアンサンブル『Amorozsofia(アモローゾフィア)』BOSSA NOVA EXPERIMENT」は、ボサノバの根源を追究し、反復と変奏で至純の印象を描き、美しい音の絵を堪能させてくれた。
伊藤はジョアン・ジルベルト直系のボサノバ・ギタリストで作編曲家。原田知世のアルバムのプロデュースも手掛けるなど特異な音楽性を示している。クラシックへの造詣も深い。ある対談の映像を見たとき、伊藤がアルバン・ベルクの『抒情組曲』に言及しつつ、ジョアンの傑作アルバム『アモローソ』(1977年)での名匠クラウス・オガーマンによるオーケストラ編曲を解説していたのは興味深かった。
確かに『抒情組曲』の第2楽章「アンダンテ・アモローソ」の冒頭は、ジョアンの『アモローソ』5曲目『ウェーブ』冒頭の弦楽編曲と似ている。この名盤へのトリビュート・アルバムとして伊藤が2021年に出したのが『アモローゾフィア~アブストラクト・ジョアン~』。今回はこのアルバムの楽曲を中心にした公演だった。
編成は一風変わっている。アルバムでの「伊藤ゴローアンサンブル」名義の小オーケストラ編成とも異なり、八重奏の形をとる。クラシックギターの伊藤を取り囲むように、ステージに向かって左からピアノの佐藤浩一、コントラバスの木村将之、パーカッションの角銅真実、チェロのロビン・デュプイ、バイオリンの伊藤彩、フルートの坂本楽、バスクラリネットの好田尚史の計8人。
伊藤ゴローは今回の編成のために編曲し直し、8人がいずれも繊細で清澄な音色を奏でる。バイオリンとチェロのフラジオレットをはじめ特殊奏法も出てくる。旋律や音型が各楽器に受け継がれ、変化しながら反復していく曲が多い。スティーブ・ライヒのミニマル・ミュージックよりははるかにゆっくりしてリラックスした心地よいテンポ感だ。アルヴォ・ペルトや坂本龍一に通じるシンプルな旋律や純一無雑な響きも感じるが、見かけによらず細部はかなり手が込んでいる。
アンコールを含め全15曲を披露した。親しみやすい旋律とアンビエントな雰囲気、各楽器の音色を隅々まで明瞭に聴かせるアンサンブルが特徴だった。あえて言えば、精神性を含めこれらの楽曲や演奏はやはりボサノバなのだろう。ポルトガル語の語義通り、従来にはない「新しい感覚」を追究しているのだ。アンティシペーション(先行)の定番リズムを刻むだけがボサノバではない。ジョビンらが影響を受けたドビュッシーの印象主義音楽をはじめボサノバの根源へと遡り、快適で洗練された新感覚の演奏を実現していた。各楽器の控えめな音量や色彩感を十分に味わえる規模のホールだからか、音楽の新たな「日の出」の印象が強く残った。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社メディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
photo/ Miyachi Takako
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