Web音遊人(みゅーじん)

歌えて、泣けて、踊れるサウンド。映画『ビー・ジーズ 栄光の軌跡』公開

ビー・ジーズが世界で一番人気のある音楽グループだった時期があった。

バリー、ロビン、モーリスのギブ3兄弟によって1958年に結成されたビー・ジーズは卓越したソングライティングとヴォーカル・ハーモニーで人気を博し、1960年代から『ニューヨーク炭鉱の悲劇』『マサチューセッツ』『ジョーク』などをヒットさせていたが、彼らが新曲を提供した1977年の映画『サタデー・ナイト・フィーバー』サウンドトラック・アルバムは全世界で4,000万枚ともいわれるモンスター・ヒットを達成。『ステイン・アライヴ』『恋のナイト・フィーヴァー』『愛はきらめきの中に』『モア・ザン・ア・ウーマン』が連続してチャート入り、音楽シーンに空前のディスコ・ブームを巻き起こしている。さらに映画の方も『スター・ウォーズ』と並んで1977年を代表する作品として大成功を収め、主演俳優のジョン・トラヴォルタは同年亡くなったエルヴィス・プレスリーの後を継ぐ新世代の“キング”と目されることになった。

それから45年。当時の一大フィーバー(“フィーバー”という単語が日本で一般に知られるようになったのはこの映画がきっかけだった)をリアルタイムで経験した人でなければ、彼らがいかに凄い存在だったかピンと来ないかも知れない。そのキャッチーなメロディとコーラス、ファルセット・ヴォーカル、ダンサブルなビートは2022年においても薄れることのない魅力を放っているが、3人のおじさんがファルセットで歌いながらどこかの廃墟を並んで散歩する『ステイン・アライヴ』のミュージック・ビデオはかなり珍妙なもので、ジャーニーの『セパレート・ウェイズ』と双璧を成す“史上最もチープなビデオ”のひとつと呼ばれることもある。また映画『サタデー・ナイト・フィーバー』にしても町内ディスコ大会規模、しかも意外と暗い話で、1970年代後半に世界的な社会現象にまでなったと言ってもにわかに信じられないのではないだろうか(ファンの皆さん、どうもすみません)。


参考動画:Bee Gees – Stayin’ Alive(Official Music Video)

だが2022年11月25日(金)より全国公開される映画『ビー・ジーズ 栄光の軌跡』によって、多くの音楽ファンの疑念は晴れることになるだろう。

フランク・マーシャル監督によるこのドキュメンタリー作品は海外では2020年に“HBO Max”で配信されたが、日本では劇場上映。公開時期こそ若干遅れたが、映画館の大スクリーンでビー・ジーズのライヴ演奏やスタジオ・パフォーマンスを堪能出来るのが嬉しい。

モーリスが2003年、ロビンが2012年に亡くなっているため、唯一残っているバリーの最新(2019年)証言を交えながら、ビー・ジーズの軌跡を辿っていく。生前の2人のインタビュー映像もふんだんに収録されているし、彼らのヒット曲の数々や豊富な映像素材による1時間50分は情報量がたっぷりで、彼らが歩んできた約60年の旅路に同行することが出来る。

さらに本作でビー・ジーズについて語るアーティスト達も豪華だ。“RSOレコーズ”時代のレーベル・メイトだったエリック・クラプトンが「マイアミでレコーディングしてみたら?」と提案した話などが明らかになったり、ノエル・ギャラガーが「兄弟が歌うというのは誰も買えない楽器を持っているようなものだ」と、かつて弟リアムとオアシスをやっていた経験者ならではの談話も聞くことが出来る。それ以外にもクリス・マーティン(コールドプレイ)、マーク・ロンソン、ジャスティン・ティンバーレイク、ニック・ジョナスなど、現代のポピュラー音楽シーンで重要な役割を占めるアーティスト達がビー・ジーズへの愛情と敬意を話している。


参考動画:映画『ビー・ジーズ 栄光の軌跡』予告編

ところで1969年、グループ内の一時的な不和や3人の弟アンディ・ギブの死などに言及するなど、さまざまな題材が深く掘り下げられているが、そんな本作においてスルーされているのが映画『サージェント・ペッパー』(1978)だ。ザ・ビートルズの名盤を“原作”に、当時人気絶頂だったビー・ジーズとピーター・フランプトンが主役を務める!という超大型企画の作品だが、4人の大根演技や“田舎町から盗まれた伝説の楽器を取り戻す”というショボいストーリー、意図せずしてシュルレアリズムの域に達した展開などによって“史上最低ロック映画”のひとつに挙げられる。主人公4人が悪のロック・バンド、エアロスミスと取っ組み合いのバトルを繰り広げるシーンもあるが、奇妙なコスプレをした人たちがジャンキーとたわむれているようにしか見えない。筆者(山崎)がエアロスミスのジョー・ペリー本人に訊いたところ、「試写会で肩身が狭かったことしか覚えていない」と気まずそうに語っている。本作では1980年代の失速について『サタデー・ナイト・フィーバー』の大ヒットとディスコ・ブームの反動でアンチ・ディスコ運動が起こり、それで勢いを失っていった……と説明しているが、『サージェント・ペッパー』にも起因しているのではないかと思われる。この映画にはアリス・クーパー、ジョニー・ウィンター、ビリー・プレストン、ティナ・ターナーらも出演しているが、主演を含めかなりの割合が本作後、低迷期を迎えたという呪われたデス映画としても有名だ。『ビー・ジーズ 栄光の軌跡』と併せて、ぜひ見ておきたい。

なお今回の映画公開とタイミングを合わせて、ビー・ジーズのオリジナル・アルバム20タイトルが“My Generation, My Music on SHM-CD <ビー・ジーズ編>”としてリリースされる。歌えて、泣けて、踊れる彼らのサウンドに改めて触れてみるチャンスだ。

■インフォメーション

映画『ビー・ジーズ 栄光の軌跡』

2022年11月25日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館他にて放映
詳細はこちら

アルバム『アルティメイト・ベスト・オブ・ビー・ジーズ』

ユニバーサル 最新ベスト・アルバム(40曲入、2CD)
発売元:ユニバーサルミュージック
発売日:2018年11月21日
価格(税込):3,080円
詳細はこちら

アルバム『サタデー・ナイト・フィーバー -オリジナル・ムービー・サウンドトラック-』

ユニバーサル 最新ベスト・アルバム(40曲入、2CD)
発売元:ユニバーサルミュージック
発売日:2018年7月11日
価格(税込):2,310円
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:上原彩子さん「家族ができてから、忙しいけれど気分的に余裕をもって音楽と向き合えるようになりました」

5944views

音楽ライターの眼

現代ブルースを担うギタリスト、ティンズリー・エリスがニュー・アルバム『Devil May Care』を発表

3531views

豊かで自然な音と響きを再現するサイレントバイオリン「YSV104」

楽器探訪 Anothertake

アコースティックの豊かで自然な音色に極限まで迫る、サイレントバイオリン™「YSV104」

11619views

楽器のあれこれQ&A

講師がアドバイス!フルート初心者が知っておきたい5つのポイント

17531views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

7516views

オトノ仕事人

子ども向けコンサートを企画し、音楽が好きな子どもを増やす/コンサートプロデューサーの仕事

7910views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

8617views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

13387views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

23490views

AOSABA

われら音遊人

われら音遊人:大所帯で人も音も自由、そこが面白い!

11294views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5072views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9651views

今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

8423views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

9823views

音楽ライターの眼

シンプルに音を並べること、それがベテランが紡ぐシューベルトの世界/清水和音ピアノ・リサイタル

3969views

小林洋平

オトノ仕事人

感情や事象を音楽で描写し、映画の世界へと観る人を引き込む/フィルムコンポーザーの仕事

973views

われら音遊人:バンド経験ゼロの主婦が集合 家庭を守り、ステージではじける!

われら音遊人

われら音遊人:バンド経験ゼロの主婦が集合 家庭を守り、ステージではじける!

8484views

アコースティックギター「FG9」

楽器探訪 Anothertake

力強さと明瞭さが拓くアコースティックギターの新たな可能性

2141views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

20293views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

8317views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

12921views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

2887views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29111views