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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#025 1950年代後半の“空気感”を丸ごと盛り込んだ確信犯的エンタテインメント~ソニー・ロリンズ『ウェイ・アウト・ウエスト』編

#002で紹介した『サキソフォン・コロッサス』に続き、20世紀のモダン・ジャズを象徴するサックス・プレイヤーのひとりであるソニー・ロリンズの作品です。

アルバム・タイトルを直訳すると“最西端”、つまり“西の果て”で、ニューヨークを拠点として躍進を遂げていたソニー・ロリンズが“西”=ウエストコーストへ遠征してアルバムを作りましたという、当初は芸能ニュース的な話題性に乗って売り出そうとした、アイデア先行型企画の作品だったのかもしれないと思わせる要素がふんだんに盛り込まれています。

ところが、そんなふうにアイデア先行だったにもかかわらず、後々まで“名盤”と呼ばれるような内容になってしまったわけで、それを成し遂げたソニー・ロリンズの“凄み”を味わっていただくと同時に、その理由を“解き明かすためのヒント”を探ってみたいと思います。


Way Out West

アルバム概要

1957年3月に米ロサンゼルスのスタジオで収録され、同年にLP盤としてリリースされました。

A面に3曲、B面に3曲の計6曲収録で、現行CDには3つの別テイクが追加され、9曲収録となっています。

メンバーは、テナー・サックスのソニー・ロリンズ、ベースのレイ・ブラウン、ドラムスのシェリー・マンの3名による編成で、いわゆる“ピアノレス・トリオ”ということでも注目を浴びた作品でした。

“名盤”の理由

本作の話題性は、ソニー・ロリンズがウエストコーストに“乗り込んでレコーディングを行なった”ことだけではありませんでした。

前述のように、ジャズの一般的なトリオ編成では異例のピアノレスであったことに加え、ニューヨーク代表のソニー・ロリンズとレイ・ブラウンが、ウエストコースト・ジャズのキーパーソンだったシェリー・マンを迎えての“東西対決”の趣を呈していたこと、収録曲に古い西部劇映画で用いられた楽曲(『俺は老カウボーイ』は1936年公開のミュージカル映画『リズム・オン・ザ・レンジ』の挿入曲、『ワゴン・ホイール』は1934年公開の同タイトル映画の主題曲)が入っていることなどから、話題に事欠かないように仕組まれた企画だったことが透けて見えるのではないでしょうか。

なにが透けて見えるのかというと、アメリカでは1950年代から60年代にかけてテレビの普及とともに第二次西部劇ブームが到来していて、それに便乗しようとしたのではないか、ということです(ちなみに第一次西部劇ブームは前出の映画が公開された1930~40年代で、ジョン・ウェインやゲーリー・クーパーといった銀幕のスターが活躍した時代です)。

いま聴くべきポイント

便乗といえば、本作のジャケットには西部劇の登場人物ばりにコスチュームを整えたソニー・ロリンズと覚しき人物が立っている写真が使用され、ユーモラスな雰囲気を醸し出すものになっています。

これもおそらく、ジャズ=難しい、マニア向けの音楽という印象が強まっていた1950年代にあって、もっと気楽に親しんでもらいたいというレーベルのマーケティング戦略によるところが大きかったのではないかと推察できます。

そうした“お膳立て”を承知のうえでソニー・ロリンズたち3名は、それに迎合することなくジャズ・ミュージシャンとしてのそれぞれの本分を全うし、結果として本作を“名盤”として後世に至るまで残すことになった──というストーリーが“名盤”なわけですね。

また、ソニー・ロリンズは1960年代前半の一時期、髪型をモヒカン刈りにしてアメリカ先住民に対するシンパシーを表明するようなこともしていました。

本作も、白人が主人公であることがデフォルトだった西部劇にアフリカン・アメリカンである自分が“出演”しているかのような見立てにすることで、激化しつつあった公民権運動に対するソニー・ロリンズなりのレジスタンスを示したのではないかと捉えてみると、これまでの評価より“深い”ところになにか隠されていそうな気が……しませんか?

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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