Web音遊人(みゅーじん)

連載23[ジャズ事始め]ジャズを“流行りもの”ととらえなかった者たちが選んだアメリカ行きに秘められた理由とは?

繰り返しになるが、日本のジャズ史で“ピーク”と言われているのは1953年(昭和28年)。

ところが、“日本中を沸き立たせた”ほどのムーヴメントはたった5年であっさりと去り、ロカビリー・ブームに取って代わられてしまう。

並立できなかった原因として、日本人の“新しもの好き”や“飽きっぽさ”を挙げることができるかもしれない。

いずれにしても、ジャズを本質的に理解した演奏者が、それを観衆に理解させる努力をしていたのかというと大いに疑問が残り、それゆえの“自滅”だったのではないだろうかと思う。

本稿では、ジャズの本質を理解しようとし、それを理解できる観衆に“本質的なジャズ”を提供しようとした先駆的な存在として、穐吉敏子がいたのではないかという推論を進めてきた。

そして、その志や活動はジャズ・ブームにさえも援護されることなく、不遇のままに過ごさなければならなかった例も挙げた。

穐吉敏子が1956年(昭和31年)に渡米したのも、日本のジャズ・シーンが求める“最新のジャズ”を仕入れるため、期待を背負って送り出されたというわけではなかった。自らの探究心と、ジャズを“流行りもの”としかとらえていない日本の風潮に反発したことが原動力であり、“アメリカ帰りは箔が付く”と言われて帰国後の活動を約束されるような状態とはほど遠いものだった。

アメリカ滞在中に2度も著名なニューポート・ジャズ・フェスティヴァルに出演して喝采を浴び、留学先のバークリー音楽大学を優秀な成績で早期卒業したにもかかわらず、彼女が結成したトシコ=マリアーノ・クァルテットでの凱旋ツアー(1961年=昭和36年)は、日本でムーヴメントを巻き起こすには至らなかった。

その後4年間の日本滞在で日本の反応に失望した彼女は、アメリカへ戻り、以後、“アメリカのジャズ・ミュージシャン”としての活動を続けることになる。

一方の渡辺貞夫は、前述のように渡米した穐吉からコージー・クァルテットを引き継ぎ、ほかにもジョージ川口とビッグ・フォー・プラス・ワンや八城一夫クァルテットに参加するなど、日本のジャズ・シーンでは知られる存在になっていた。

また、テレビ時代を迎えて活況を呈していた音楽業界ではスタジオ録音の仕事も増え、彼ほどの腕があれば収入も安定。本人が希望するようなジャズが演奏できないことを除けば、経済的には心配のない日々を過ごしていたというのが、1960年前後の状況だった。

そんな“寝た子”状態の渡辺貞夫の魂を揺り起こしたのが、凱旋帰国した穐吉敏子だった。

おそらく彼女は、日本で暮らすにはそこそこに収入も安定している渡辺貞夫の状況を見ながら、その心の底で渇望していた“声”を聴くことができたのだと思う。

なぜ、渡辺貞夫がそのような“声”を発していたのではないかと、見たり聞いたりしたわけでもないボクに想像できるのか──。それは、1960年代初頭の日本のジャズ・シーンにおいて“黒船来航”にも例えることができるような、来日ミュージシャンによるムーヴメントが関係しているに違いないと思うから。

次回は、ファンキー・ブームと呼ばれる1960年代に巻き起こった“外圧”の影響について考えてみたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:May J.さん「言葉で伝わらないことも『音』だったら素直に伝えられる」

9768views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#025 1950年代後半の“空気感”を丸ごと盛り込んだ確信犯的エンタテインメント~ソニー・ロリンズ『ウェイ・アウト・ウエスト』編

877views

楽器探訪 Anothertake

ピアノならではのシンプルで美しいデザインと、最新のデジタル技術を両立

6632views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

46639views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

9066views

オトノ仕事人

音楽フェスのブッキングや制作をディレクションする/イベントディレクターの仕事

12961views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

19169views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

9243views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22455views

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う 結成30年のビッグバンド

われら音遊人

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う、結成30年のビッグバンド

9449views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

5797views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29943views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

13344views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

30652views

音楽ライターの眼

弦楽器の多様なハーモニーを「あうん」の呼吸で奏でる/塩谷哲withソルト・ストリングスコンサート2020

2223views

梶望さん

オトノ仕事人

アーティストの宣伝や販売促進など戦略を企画して指揮する/プロモーターの仕事

11268views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

8133views

アコースティックギター「FG9」

楽器探訪 Anothertake

力強さと明瞭さが拓くアコースティックギターの新たな可能性

2512views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

7619views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5225views

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ

楽器のあれこれQ&A

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ機種

27049views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10745views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9968views