Web音遊人(みゅーじん)

ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス

ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス『ライヴ・アット・ザ・LAフォーラム』が予感させる旅路の終わり

ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのライヴ・アルバム『ライヴ・アット・ザ・LAフォーラム』が2022年11月にリリースされ、話題を呼んでいる。

1969年4月26日、ロサンゼルスの“フォーラム”でのライヴ。ジミ・ヘンドリックス(ギター、ヴォーカル)、ノエル・レディング(ベース)、ミッチ・ミッチェル(ドラムス)の“第1期ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス”最後期のステージとなる。ジミとノエルの関係が悪化(ちなみに、これから2か月後の6月にノエルは脱退、ジミはミッチ、ビリーを含む新バンド“ジプシー・サン&レインボウズ”で8月、伝説の“ウッドストック・フェスティバル”に臨むことになる)、既にジミの軍隊時代からの友人だったビリー・コックスに後任候補として声がかかっていた時期だが、そんなことはまるで感じさせないステージ・パフォーマンスを聴かせている。

公演日によってライヴの選曲や曲順を変えてくるジミだが、この日は『タックス・フリー』からスタート。スウェーデンのデュオ、ハンソン&カールソンのカヴァーというか、ジミのライヴ・フェイヴァリットのひとつとして知られる曲だ。

それからは『フォクシー・レディ』『レッド・ハウス』『スパニッシュ・キャッスル・マジック』と、ロック史に輝くクラシックスが続く。アメリカ国家から『紫のけむり』へと雪崩れ込むメドレーは“ウッドストック”での歴史的名演へのプロトタイプといえるが、かなりアレンジが異なっており、まったくの別物として楽しむことが可能だ。

後半のハイライトは『ヴードゥー・チャイルド(スライト・リターン)』。クリームのカヴァー『サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ』を挟み込んだメドレー形式で、トータル17分におよぶ大曲となっている。

本作に収録された“フォーラム”でのライヴは、実は今回が初出ではない。全11トラック中10トラックはCDボックス・セット『Lifelines: The Jimi Hendrix Story』(1990)に収録されていたし、残りの1曲『フォクシー・レディ』はアンソロジー・アルバム『炎のライヴ!! ’68 – ’70 The Jimi Hendrix Concerts』のCD再発売時(1989)のボーナス・トラックとして聴くことができた。ただ、それらはどちらもCDメディアの歴史が浅かった頃のリリースであり、今回はよりクリアでメリハリのあるサウンドでこのライヴを楽しむことができる。また、当日演奏されたとされる全曲を1枚のCD(約79分)で一望できるのも嬉しい。

さて、『ライヴ・アット・ザ・LAフォーラム』でジミの火を噴くギターに聴き惚れながらも、ファンとは貪欲なものである。次にどんな音源がリリースされるか?と想像を巡らせている気が早い人もいるだろう。

リトル・リチャードやカーティス・ナイトなどのバックで下積み時代を経てきたジミが渡英、エクスペリエンスを率いてシングル『ヘイ・ジョー』で本格デビューを果たしたのが1966年12月。1970年9月18日に27歳で亡くなるまでの活動期間は4年に満たないが、未発表スタジオ音源やライヴ・アルバム、映像が毎年のように発掘されてきた。かつてはジミの未完成のギターにセッション・ミュージシャンの演奏を被せたようなアルバムも発売されたが、近年ではジミの妹で彼の音源を管理する“エクスペリエンス・ヘンドリックスLLC”のCEOジェイニー・ヘンドリックス、生前のジミが最も信頼したエンジニアのエディ・クレイマー、ジミ研究家のジョン・マクダーモットの3人が監修、質の高い作品が発表されている。

だがジミの死から半世紀が過ぎて、さすがに未発表音源のストックが尽きてきたようにも思える。21世紀に入ってリリースされたスタジオ音源集『ヴァリーズ・オブ・ネプチューン』(2010)『ピープル、ヘル・アンド・エンジェルズ』(2013)『ボース・サイズ・オブ・ザ・スカイ』(2018)はいずれも充実した内容だったが、その後エディ・クレイマーは筆者(山崎)とのインタビューでこう語っている。

「スタジオ音源は出せるものは出したし、使えるものはあまり残っていないんだ」

実際ここ5年、スタジオ音源のアルバムは出ていない。

一方、ライヴ・アルバムは順調にリリースされ続けている。『ウィンターランド』(2010)『マイアミ・ポップ・フェスティヴァル』(2013)『フリーダム~アトランタ・ポップ・フェスティヴァル』(2015)『バンド・オブ・ジプシーズ:コンプリート・フィルモア・イースト』(2019)『ライヴ・イン・マウイ』(2020)などはこれまで断片的に世に出てきた音源に未発表音源を加えてリミックス、リマスタリングしたアルバムで、いずれもオールド・ファンを驚喜させ、若い世代のファンを獲得することにも貢献している。ただ今回の『ライヴ・アット・ザ・LAフォーラム』は全曲が既発テイクで、初登場トラックはなし。もちろん内容的には素晴らしいものだが、若干の寂しさは禁じ得ない。

ジミのキャリアの“生き証人”であるエディ・クレイマーは80歳にして元気で、「まだライヴ音源と映像で良いものがある。とてもエキサイティングだ」と復刻作業に対して前向きだが、ジミの活動期間が短かったこともあり、半世紀以上のあいだ我々の音楽人生の一部であり続けてきた彼の復刻音源が打ち止めになる日もいつか来ることを覚悟せねばならないだろう。

どんな旅路にも終わりがある。それゆえに、『ライヴ・アット・ザ・LAフォーラム』はじっくり噛みしめて聴きたいアルバムだ。

■インフォメーション

アルバム『ライヴ・アット・ザ・LAフォーラム』ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス

ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス

発売元:ソニーミュージック
発売日:2022年11月18日
価格:2,640円(税込)
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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