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今月の音遊人:亀井聖矢さん「音楽は感情を具現化したもの。だからこそ嘘をつけません」
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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#020 個性と“ヒットの法則”を両立させたトリオ・ジャズの傑作~レイ・ブライアント『レイ・ブライアント・トリオ』編
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2023.9.7
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, レイ・ブライアント, レイ・ブライアント・トリオ
ボクがジャズを好きになり始めたころ、「誰が好き?」と先輩方に問われて「マイルスもいいけどコルトレーンの後期が云々……」となけなしの知識をはたいてひと通りの防御態勢を整えてから、「レイ・ブライアントなんかも好きなんですよ」と微かな反撃を試みてみると、たいていは「ふーん、珍しいねぇ……」と、目線を逸らして別の話題に移るというシチュエーションがたびたびありました。
好きなジャズ・ミュージシャンのトップ3に名を連ねるというわけでもなく、知る人ぞ知るということでもないというビミョーな評価だったというのが、ボク個人の、というより日本で一般的な、レイ・ブライアントの立ち位置なのではないかと思うのです。
それはまた、ミュージシャンズ・ミュージシャン、つまりプロの同業者が支持するタイプのプレイヤーというイメージに近いものであり、実際に本作収録曲をライヴハウスの現場で耳にすることが多かったりして、公言はしていないけれどレイ・ブライアントを聴き込んだことがあるに違いない日本のジャズ・ピアニストは少なくないんじゃないかと思うのですが、ミュージシャンズ・ミュージシャンの定義が“一般の人のウケは良くないがプロのウケが良い”というのであれば、それも当てはまらないから困ったものです。
レイ・ブライアントのスタイルを“カクテル・ピアノ”と評する向きもあるけれど、ホテルのラウンジや高級クラブでパフォーマンスされる“耳触りの良い”、つまり雰囲気を邪魔せず印象に残らないとの揶揄であれば見当違いであるものの、ホテルのラウンジや高級クラブの雰囲気をさらに盛り上げるような“上質感”を備えたサウンドとするのであれば、的を射ていると言えるはず。
そんなビミョーさが本作を“名盤”に押し上げたのではないかということを検証しながら、進めてみましょう。
1957年4月5日、米ニュージャージー州のヴァン・ゲルダー・スタジオで収録。メンバーは、レイ・ブライアント(ピアノ)、アイク・アイザックス(ベース)、スペックス・ライト(ドラムス)。
リリース時はLP盤で、A面4曲、B面4曲の8曲。CDリリース時もLP盤の収録数と順番は同じ。
レイ・ブライアントのオリジナル曲2曲(『ブルース・チェンジズ』『スプリッティン』)とカヴァー曲で構成されています。
アルバムの冒頭を飾る『ゴールデン・イヤリングス』に誰もが魅了されての“名盤”入りと言えるでしょう。
この曲は1947年公開の同名映画のために作られ、翌年にかけてペギー・リーが歌ってヒットしています。
作曲者のヴィクター・ヤングは、1930年代にハリウッドへ進出して映画音楽に専念。アカデミー賞に22回ノミネートされるも存命中にはオスカー像を手にすることができず、没後に『80日間世界一周』(1956年)で受賞しています。ジャズ・スタンダードの界隈では超有名人のひとりですね。
そんなヴィクター・ヤングが書いた『ゴールデン・イヤリングス』の決定的名演とされているのが、本作収録のトラックです。
レイ・ブライアントというピアニストの特徴はアーシーでゴスペルタッチなところにあると言われていて、ボクもそう思います。
ボクがレイ・ブライアントを最初に意識したのは、1977年にスイスのモントルー・ジャズ・フェスティヴァルに出演した際のソロ・ピアノ演奏を収めた『モントルー’77』。B面の『時には母のない子のように』を聴いたとき、それまで関心のなかったチャーチソングの奥深さを垣間見たような気がして、レイ・ブライアントを追いかけるようになりました。
本作は、ヒット曲のカヴァーを中心とした構成が功を奏して彼の代表作になったと分析しているのですが、ボクの琴線に触れたゴスペル味が薄いために、個人的にはもの足りなさを感じていたのも正直なところ。
しかし、なぜレイ・ブライアントが自分の特徴であるゴスペル味を薄めてまでこのアルバムを制作したのかを考えてみると、1950年代後半になってジャズ・シーンがマニアのものからより広い対象へマーケットを広げたことで学んだ“ポピュラー音楽的要素”、言い換えるとするなら“ヒットの法則”が反映された結果ではないかと推察するわけです。
“ヒットの法則”を反映させることで、ジャズはヒット・チャートを賑わせるポピュラー・ソングの仲間入りをするわけですが、“光の多いところには強い影あり”の名言どおり、ポピュラー化に抗うプレイヤーとそれを支持するリスナーの存在も大きくなり、ジャズ・シーンの分断は進んでいくことになります。
マニアは“抗う”ほうを応援する習性があるので、ジャズにのめり込んでいった時期のボクも当然のように“ヒットの法則”から遠ざかろうとしたので、本作をちゃんと評価できる状態になかったことを告白します。
では、改めて現在の評価はどうなのかというと、“ヒットの法則”を踏まえて制作していたからといって必ずしも名盤が生まれるわけではないし、逆に“縛り”があるなかで“レイ・ブライアントのジャズ”をバランス良く成立させることができた手腕に注目すべきだと思っています。
おそらく、そうした“手腕”に着目したミュージシャンたちが、密かにレイ・ブライアントを研究・愛好しているという傾向が2010年代以降に強まっている気がしているのですが、誰か当事者の方、“告白”していただけませんかね?
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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