Web音遊人(みゅーじん)

シューベルト「弦楽五重奏曲」、C調言葉は変幻自在/宮田大と仲間たち~ウェールズ弦楽四重奏団と共に~

弦楽四重奏団にもう1人チェリストが加わり、叙情と諧謔、悲喜劇が交錯するだまし絵のような世界に誘う。2020年9月30日、ヤマハホールでの「宮田大と仲間たち~ウェールズ弦楽四重奏団と共に~」は、シューベルト最晩年の「弦楽五重奏曲ハ長調作品163、D956」を通じて、この「歌曲王」の怪物ぶりを浮き彫りにした。「交響曲第8番ハ長調『グレート』」に匹敵する大作だが、絶妙な転調の魅力を引き出し、5人でたっぷり50分間奏でた。

宮田は数々のコンクールで優勝を重ねた日本を代表するチェリストの1人。公演は彼の独奏から始まった。バッハの「無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調BWV1009」。決然と入り、音が明快だ。瞑想的な静けさを創り出し、緩急と強弱のメリハリもある。高い技術による正確な演奏だ。いつか第6番までの全組曲を聴いて彼のメッセージを確かめたい。

後半はいよいよシューベルトの「弦楽五重奏曲」。ミュンヘン国際音楽コンクール第3位の実績を持つウェールズ弦楽四重奏団は、バイオリンが﨑谷直人と三原久遠、ビオラが横溝耕一、チェロが富岡廉太郎。今回は彼らにチェロの宮田が加わった編成だが、「五重奏団」のように自然に溶け込んでいる。

第1楽章ではアクセントとスタッカートを存分に付けながら、明快なハ長調の旋律を疾走させる。「歌」を担う﨑谷の第1バイオリンは音量が強すぎず、軽やかだ。第2主題は意表を突く遠隔調の変ホ長調だが、ビオラではなくチェロを2人にした作曲家の意図を反映し、充実した中・低音でおおらかに歌う。4拍子なのにウィンナワルツ風の叙情を醸し出す第2バイオリンとビオラのリズムの刻み方も秀逸だ。

人気の高い第2楽章アダージョは、ホ長調の持続和音に乗って幸福感に満ちた緩やかな旋律を紡ぐ。突如として遠隔調のヘ短調に変わり、悲劇的な中間部が始まる。その入りはやや拍子が分かりにくく、第2バイオリンとビオラの音量がもう少し大きくてもよかった。しかし悲痛な旋律は美しい。再びホ長調に戻ってからの第1バイオリンの弱音は、遠い丘の向こうで鳴る軍隊ラッパの思い出のようだ。

第3楽章では後のブルックナーの交響曲につながる武人気質のスケルツォを聴かせた。バイオリンがヒロイックに旋律を鳴らし、チェロ2人の低音の響きは激烈だ。中間部では極端な弱音で静寂の深みを表現し、シューベルトの革新性を示した。

最も惹き込まれたのは第4楽章だ。ハンガリー風の旋律はハ短調から変ホ短調、ホ短調へと目まぐるしく変転し、ついに勝気で明るい曲想が現れ、ハ長調が明らかになる。だまし絵の展開で目立ったのは﨑谷だ。冷静を装いつつも冗舌なバイオリンである。軽妙で猥雑な「歌」はウィーンの街を想起させる。ハ長調(=C)の変幻自在ぶりは、桑田佳祐の曲名で言えば「C調言葉に御用心」だ。最後は全員が滑稽にも変ニ音から半音下げてハ音で締める。シューベルトと「弦楽五重奏団」の魔術に魅せられた夜だった。

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社文化部デスク。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:宇崎竜童さん「ライブで演奏しているとき、もうひとりの宇崎竜童がとなりでダメ出しをするんです」

5470views

音楽ライターの眼

『スター・トレック』のカーク船長がブルース・アルバムを発表!?ウィリアム・シャトナー『The Blues』

1686views

楽器探訪 Anothertake

目指したのは大編成のなかで際立つ音と響き「チャイム YCHシリーズ」

5810views

楽器のあれこれQ&A

講師がアドバイス!フルート初心者が知っておきたい5つのポイント

7872views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

5654views

オトノ仕事人

深く豊かなクラシックの世界への入り口を作る/音楽ジャーナリストの仕事

2797views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

17473views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

4954views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

10830views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

6581views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

4166views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

24303views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

12536views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

19278views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.11

2759views

重田克美

オトノ仕事人

スポーツやイベントの会場で、選手やお客様のためにいい音環境を作る/音響エンジニアの仕事

6080views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

7381views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

すぐに音を出せて、自由に演奏できる。管楽器の楽しみを多くの人に

11232views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

9973views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

5005views

フルート

楽器のあれこれQ&A

初心者にもよくわかる!フルートの種類と選び方

17463views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

6219views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

24303views