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シューベルト「弦楽五重奏曲」、C調言葉は変幻自在/宮田大と仲間たち~ウェールズ弦楽四重奏団と共に~
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2020.10.29
弦楽四重奏団にもう1人チェリストが加わり、叙情と諧謔、悲喜劇が交錯するだまし絵のような世界に誘う。2020年9月30日、ヤマハホールでの「宮田大と仲間たち~ウェールズ弦楽四重奏団と共に~」は、シューベルト最晩年の「弦楽五重奏曲ハ長調作品163、D956」を通じて、この「歌曲王」の怪物ぶりを浮き彫りにした。「交響曲第8番ハ長調『グレート』」に匹敵する大作だが、絶妙な転調の魅力を引き出し、5人でたっぷり50分間奏でた。
宮田は数々のコンクールで優勝を重ねた日本を代表するチェリストの1人。公演は彼の独奏から始まった。バッハの「無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調BWV1009」。決然と入り、音が明快だ。瞑想的な静けさを創り出し、緩急と強弱のメリハリもある。高い技術による正確な演奏だ。いつか第6番までの全組曲を聴いて彼のメッセージを確かめたい。
後半はいよいよシューベルトの「弦楽五重奏曲」。ミュンヘン国際音楽コンクール第3位の実績を持つウェールズ弦楽四重奏団は、バイオリンが﨑谷直人と三原久遠、ビオラが横溝耕一、チェロが富岡廉太郎。今回は彼らにチェロの宮田が加わった編成だが、「五重奏団」のように自然に溶け込んでいる。
第1楽章ではアクセントとスタッカートを存分に付けながら、明快なハ長調の旋律を疾走させる。「歌」を担う﨑谷の第1バイオリンは音量が強すぎず、軽やかだ。第2主題は意表を突く遠隔調の変ホ長調だが、ビオラではなくチェロを2人にした作曲家の意図を反映し、充実した中・低音でおおらかに歌う。4拍子なのにウィンナワルツ風の叙情を醸し出す第2バイオリンとビオラのリズムの刻み方も秀逸だ。
人気の高い第2楽章アダージョは、ホ長調の持続和音に乗って幸福感に満ちた緩やかな旋律を紡ぐ。突如として遠隔調のヘ短調に変わり、悲劇的な中間部が始まる。その入りはやや拍子が分かりにくく、第2バイオリンとビオラの音量がもう少し大きくてもよかった。しかし悲痛な旋律は美しい。再びホ長調に戻ってからの第1バイオリンの弱音は、遠い丘の向こうで鳴る軍隊ラッパの思い出のようだ。
第3楽章では後のブルックナーの交響曲につながる武人気質のスケルツォを聴かせた。バイオリンがヒロイックに旋律を鳴らし、チェロ2人の低音の響きは激烈だ。中間部では極端な弱音で静寂の深みを表現し、シューベルトの革新性を示した。
最も惹き込まれたのは第4楽章だ。ハンガリー風の旋律はハ短調から変ホ短調、ホ短調へと目まぐるしく変転し、ついに勝気で明るい曲想が現れ、ハ長調が明らかになる。だまし絵の展開で目立ったのは﨑谷だ。冷静を装いつつも冗舌なバイオリンである。軽妙で猥雑な「歌」はウィーンの街を想起させる。ハ長調(=C)の変幻自在ぶりは、桑田佳祐の曲名で言えば「C調言葉に御用心」だ。最後は全員が滑稽にも変ニ音から半音下げてハ音で締める。シューベルトと「弦楽五重奏団」の魔術に魅せられた夜だった。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社文化部デスク。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
photo/ Ayumi Kakamu
tagged: 音楽ライターの眼, 横溝耕一, 宮田大, ウェールズ弦楽四重奏団, 﨑谷直人, 三原久遠, 富岡廉太郎
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