Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#048 モダン・ジャズの象徴的なスタイルを継承するための確信犯的序章~キース・ジャレット・トリオ『スタンダーズVol.1/Vol.2』編

1983年から30年間にわたって活動を続け、世紀を象徴する芸術表現の域にまで達したモダン・ジャズのスピリッツを21世紀につないだと言っても過言ではないユニットの、記念すべきデビュー・アルバムです。

Vol.1とVol.2の2枚を掲げるのは、Vol.2も収録日が同じにもかかわらず、“続編”というかVol.1の“没テイク”を詰め込んだオマケ的内容ではなく、それぞれ独立したクオリティを備え、“名盤”と呼ぶにふさわしいから。

さて、キース・ジャレット・トリオはどんなことを“21世紀につないだ”のか──を探り出せたら、と思っています。


スタンダーズ Vol.1/キース・ジャレット・トリオ

アルバム概要

1983年1月に米ニューヨークのレコーディング・スタジオ“パワー・ステーション”で収録されたスタジオ録音盤です。

オリジナルはLPとCDでリリースされ、Vol.1のアナログ盤はA面3曲B面2曲の合計5曲、CDは同曲数同曲順で、アナログ盤と同じ構成のカセットテープも発売されていました。Vol.2のアナログ盤はA面3曲B面3曲の合計6曲、CDは同曲数同曲順で、こちらもアナログ盤と同じ構成のカセットテープの発売ありです。

メンバーは、ピアノがキース・ジャレット、ベースがゲイリー・ピーコック、ドラムスがジャック・ディジョネットの、いわゆる“アコースティックなピアノ・トリオ”。

収録曲はすべてジャズ・スタンダードと呼ばれるカヴァー曲です(Vol.2の1曲目『ソー・テンダー』のみキース・ジャレットのオリジナル)。

“名盤”の理由

この“名盤”を取り上げるときに考えなければならないのは、1983年がアコースティックなジャズにとって2つの大きな逆風が吹いていた時期だったということです。

1つは、フュージョンの隆盛によってエレクトリックなサウンドがアコースティックを凌駕しているという認識が広まっていたこと。要するに、未来的なイメージのあるフュージョンのほうがススんでいて、アコースティックにこだわっているジャズは“時代遅れ”だという表面的な解釈が、ジャズの活動をシュリンクさせる原因として無視できないようになっていました。

もう1つは、モダン・ジャズを象徴する偉大なピアノ・トリオを率いて活動していたビル・エヴァンスが1980年に逝去し、その喪失感によってアコースティックなジャズが求心力を失いかけていたタイミングだったということ。

そこへ救世主のように現われたのが、アコースティックなピアノ・トリオとして、その名のとおりジャズのスタンダード=名曲を取り上げ、ノスタルジーではなく現代性を備えたアプローチを打ち出してきた、このキース・ジャレット・トリオだったのです。

いま聴くべきポイント

『スタンダーズ』のアルバムを発売時にリアルタイムで聴いたとき、ボクは正直言って、「聴きづらい(=聴き慣れない)ピアノ・トリオだなぁ」と感じたことを思い出します。

それはおそらく、従来の、つまりバド・パウエルやオスカー・ピーターソン、そしてなによりもビル・エヴァンスといった、モダン・ジャズを創造してきたピアノ・トリオの数々とは異なるアプローチでサウンドを構築しようとしているキース・ジャレット・トリオの“意図”をつかめないままに、シーンにぽっかりと空いた穴を埋めてくれる彼らをただ無自覚に受け入れるだけだったから「聴きづらかった」のではないかと思うのです。

40年の時を経てこのアルバムを聴き直してみると、キース・ジャレット・トリオはビル・エヴァンス・トリオの抜けた穴に収まっただけではなかったことに、ようやく気付けました。

そこには、キース・ジャレットが敬愛するジャズ・ミュージシャンへのラヴコールが込められていて、それがあったからこそ、彼は30年という月日をとおして最前線のトリオ・ジャズを生み出し続けることができたのではないか──という考察に至ることができました。

その考察については次回、本作の続編とも言えるキース・ジャレット・トリオのライヴ盤『星影のステラ』を取り上げることで、続けたいと思います。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

神保彰

今月の音遊人

今月の音遊人:神保彰さん「音楽によって、人生に大きな広がりを獲得できたと思います」

12802views

音楽ライターの眼

ソロ、室内楽、指揮と多彩な活動を展開するレオニダス・カヴァコスの新たな挑戦

2396views

マーチングドラムの必須条件とは?

楽器探訪 Anothertake

マーチングドラムの必須条件とは?

11503views

楽器のあれこれQ&A

きっとためになる!サクソフォンの基礎力と表現力をアップする練習のコツ

19357views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

11693views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

高い演奏技術と幅広い知識で歌手の表現力を引き出す/コレペティトゥーアの仕事(前編)

20305views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

14511views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6986views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10360views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

2371views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8416views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10373views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

9961views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

13189views

音楽ライターの眼

早熟の天才ギタリスト、ティボー・ガルシアのアランフェス協奏曲

9351views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

歌うときは、体全部が楽器となるように/ボイストレーナーの仕事(前編)

25605views

スイング・ビーズ・ジャズ・オーケストラのメンバー

われら音遊人

われら音遊人:震災の年に結成したビッグバンド、ボランティア演奏もおまかせあれ!

5956views

楽器探訪 Anothertake

【モニター募集】37鍵ピアニカに30年ぶりの新モデルが登場!メロウな音色×おしゃれなデザインの「大人のピアニカ」

26142views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

24773views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

5473views

楽器のあれこれQ&A

ウクレレを始めてみたい!初心者が知りたいあれこれ5つ

5167views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9055views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10373views