今月の音遊人
今月の音遊人:松居慶子さん「音楽は生きとし生けるものにとって栄養のようなもの」
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偉大なチェンバリスト、スコット・ロスの遺志を継ぐ奏者として幅広い活動を展開している曽根麻矢子が、2021年3月から2025年9月まで半年に一度のペースでJ.S.バッハの連続演奏会《BWV》を開催している(東京・Hakuju Hall)。シリーズの第1回(2021年3月)と最終回(2025年9月)は「ゴルトベルク変奏曲」が組まれ、第2回(2021年9月)は『平均律クラヴィーア曲集第1巻』が演奏された。そして次なる第3回(2022年3月22日)は、曽根の記憶に残る大切な作品、『イギリス組曲』第6番が登場する。
曽根麻矢子は、1986年にブルージュ国際古楽コンクールのチェンバロ部門で第5位入賞に輝き、その審査員を務めていたスコット・ロスから認められたことで知られるが、そのときに課題曲として演奏したのがバッハの『イギリス組曲』第6番だった。その後、フランス・エラートとの録音デビューに際しても、『イギリス組曲』第2番、第3番、第6番を選んでいる。
「もう30年以上前のことですが、記憶をたどってみると確かに第6番をコンクールで演奏しています。この作品は大曲ですが、まとまりがあり、各々の舞曲の要素が存分に楽しめます。今回の演奏会では第2番と第3番も選んでいますが、エラートの録音と同じ選曲で、まさに私の大好きな作品ばかり。第2番はピアノでよく演奏される人気の高い作品。第3番はバッハの作品のなかでもとりわけチェンバロの響きを豊かに表現できるように書かれていますし、ストレートに自分が作品のなかに入っていくことができる。これらの作品をブルージュのコンクール時に“私の楽器を弾いてみないか”と声をかけてくれた、楽器製作者デイヴィッド・レイの楽器で演奏します」
このチェンバロは18世紀フレンチ・モデルで、ドイツ作品を演奏するのにも適しており、美しい白のボディに装飾が施されている。
「私のために作っていただいた楽器ですから、私のほしい音が探求できます。“シロくん”と呼んで大切に弾いているんですよ」
曽根はコンクール後、10年間パリを拠点に活動し、その後日本に戻ってからはフランスと往復しながら後進の指導も視野に入れ、さらにマスタークラスもプロデュース。
「いまはコロナ禍でなかなかフランスに行かれませんが、今後は南仏の友人宅を拠点にさまざまなところで演奏していきたいですね。デイヴィッド・レイに紹介されたすばらしいチェンバリスト、スキップ・センペのレッスンもまた受けたい。彼とはレッスンというよりもセッションをしているような雰囲気になるのです。生涯、一緒に演奏したいですね」
一時期はバッハの奥深い魅力、内在しているさまざまな要素をどのように演奏したらいいのか迷いの時期もあったというが、国内外での多くの体験を積み重ね、いまは充実の時を迎え、バッハとの対峙に心が高揚している。
「最近は、からだの使い方がまったく変わりました。ようやく自分のからだの使い方がわかったのかもしれません。もちろん、音符の見え方も変わり、すべてが新鮮で、年を重ねるというのは素敵なことなのだなと思っています。人生に感謝です」
そのすべてが「イギリス組曲」で発揮される。
伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー
文/ 伊熊よし子
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