Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#75 セックスシンボルとのレッテルを貼られても見えるシンガーとしての実力~ジュリー・ロンドン『彼女の名はジュリー』編

ジェンダー・フリーが浸透しつつある現代では、あるキャラクターをして不用意な“女性らしさ”をクローズアップするような設定はコンプライアンス的に問題アリですが、昭和後半から平成にかけてはまだまだそうしたジェンダー・バイアスがまかり通っていたというのも事実。

このジュリー・ロンドンという女性ジャズ・シンガーも(“女性”ジャズ・シンガーという言い方もそろそろ“アウト”ですね……)、シーンに登場した80年ほど前には、その(アメリカで大衆受けする)美貌と、(性的な魅力を想起させる)ハスキーな声を最大のセールスポイントにして、アメリカ国内だけでなく日本での人気も獲得しました。

そんな彼女のデビュー作にして代表作となった本作の魅力を、“色メガネ”を外して評価し直してみたいと思います。


Cry Me a River

アルバム概要

1955年に米カリフォルニア州ロサンゼルス・ハリウッドのユナイテッド・ウェスタン・レコーズというスタジオでレコーディングされた作品です。

オリジナルはLP盤(A面6曲B面7曲の全13曲)でリリースされています。1955年発売時はモノラル版で、1960年のリイシューでステレオ版も販売されるようになりました。同曲数同曲順でカセットテープ版やCD化もされています。

メンバーは、ヴォーカルがジュリー・ロンドン、ギターがバーニー・ケッセル、ベースがレニー・レザーウッド。

収録曲は、ほとんどがジャズ・スタンダード・ナンバーと呼ばれるポピュラーな楽曲ですが、『クライ・ミー・ア・リヴァー』はこのレコーディングが初出です。

“名盤”の理由

1955年に制作が進行していた映画『皆殺しのトランペット(原題『Pete Kelly’s Blues』)』の挿入歌として、作曲家のアーサー・ハミルトンが持ち込んだのが『クライ・ミー・ア・リヴァー』。

ところが、劇中でエラ・フィッツジェラルドが歌うはずのこの曲は、なぜかボツになってしまいます。おそらく「場面にマッチしない」というような判断だったのでしょう(ちなみに、ハミルトンの別の曲は採用されています)。

推察するに、“曲が立ちすぎる”ためだったのではないか──というのも、この曲をボツにしたことにモヤッとしていた人物がいたからです。

その人物とは、映画『皆殺しのトランペット』の監督・主演を務めていたジャック・ウェッブ。

実は彼、ジュリー・ロンドンの“元旦那”だったのです。

1940年代、その美貌を評価されて映画界で活動を始めたジュリー・ロンドンでしたが、役には恵まれず、1947年に当時は役者だったジャック・ウェッブと結婚。

1953年に離婚して芸能界に復帰。ジャズ・ピアニストでシンガーソングライターのボビー・トゥループの指導を受け、本格的なジャズ・シンガーとしてのキャリアをスタートさせます(ちなみに、彼女とボビー・トゥループはバツイチ同士で1959年に再婚しています)。

本格的なジャズ・シンガーとして再出発しようとする元妻のためにプレゼントしたのが、自分の映画ではボツにせざるをえなかった『クライ・ミー・ア・リヴァー』なのです。

『クライ・ミー・ア・リヴァー』が凡作だからボツになったのではない証拠に、この曲はアルバム・リリースに先駆けてシングルカットされ、「ビルボード」誌のヒットチャート9位に上り詰めるなど大ヒットを記録。ゆえに、“曲が立ちすぎる”ための映画挿入歌不採用だったのではないかと考察したわけです。

もちろん曲だけでなく、それを歌ったジュリー・ロンドンの魅力が加味されたからこそのヒットだったことは間違いありません。

こうしたヒットの条件が重なることによって、本作はハリウッド(女優)系女性ジャズ・シンガーの“決定版”とも称される“名盤”になったのです。

いま聴くべきポイント

女優では芽が出なかったから歌手としてやりなおしたらヒットに恵まれた──というステレオタイプなシンデレラストーリーにあてはまらないことが、本作が“名作”であり続ける理由でもあると思っています。

というのも、たとえば本作収録の「恋のムードで」のエンディングに注目してみてください。

最後のワン・センテンス、終止に向かって半音下げるコード進行を見事に表現した歌唱テクニックこそが、ジャズ・シンガーとして本領だと言えるからです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

山下洋輔さん

今月の音遊人

今月の音遊人:山下洋輔さん「演奏は“PLAY”ですから、真剣に“遊び”ます」

12714views

“ビートルズ嫌い”という思い込みを正すきっかけをつくってくれたジャズ・カヴァーという“遺産”

音楽ライターの眼

ジャズの“本丸”にもビートルズの波が押し寄せてきた1966年

5652views

CLP-600シリーズ

楽器探訪 Anothertake

強弱も連打も思いのままに、グランドピアノに迫る弾き心地の電子ピアノ クラビノーバ「CLP-600シリーズ」

47877views

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぼう電子ピアノ「クラビノーバ」3シリーズ

5496views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

12638views

オトノ仕事人

オーダーメイドで楽譜を作り、作・編曲家から奏者に楽譜を届ける/プロミュージシャン用の楽譜を制作する仕事

21051views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

31134views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12685views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11894views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

3008views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

7052views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28862views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

21948views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

15143views

マグナム

音楽ライターの眼

英国プログレッシヴ・ハードは死せず。マグナムの最近作が2025年、日本リリース

1782views

オトノ仕事人

音楽をやりたい子どもたちの力になりたい/地域音楽コーディネーターの仕事

12052views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

9182views

楽器探訪 Anothertake

おしゃれで弾きやすい!新感覚のアコースティックギター「STORIA」

53967views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

26665views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

6536views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

28562views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4693views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28862views