Web音遊人(みゅーじん)

“ビートルズ嫌い”という思い込みを正すきっかけをつくってくれたジャズ・カヴァーという“遺産”

ジャズの“本丸”にもビートルズの波が押し寄せてきた1966年

アメリカのジャズ・シーンでも、ヴォーカルの分野ではいち早くビートルズ旋風に反応していたことを、前回の記事でまとめてみた。

では、ジャズの“本丸”であるインストゥルメンタルではどうだったのだろうか――。調べてみると、必ずしもヴォーカルと歩調を合わせてはいなかったようである。

ファンキー・ジャズで一世を風靡したピアニストのカヴァーが発端?

ジャズのインストゥルメンタル分野において、ビートルズのカヴァーを扱った音源が現われるのは1965年。

まずここで、ラムゼイ・ルイスの名前が挙がってくる。

ラムゼイ・ルイスは当時、ピアノ・トリオで録音した『ジ・イン・クラウド』が爆発的なヒットを記録し、ジャズを超えて注目を浴びる存在になっていた。

その『ジ・イン・クラウド』に続くアルバム『ハング・オン・ラムゼイ』で、彼はビートルズの「ア・ハード・デイズ・ナイト」と「アンド・アイ・ラヴ・ハー」を取り上げて演奏している。

場所はカリフォルニアのライヴハウス“ライトハウス”、1965年10月14日から17日にかけての公演プログラムに盛り込まれていた選曲だった。

人気ジャズ・ピアニストが世間の注目に応えるかたちで、同じように人気を博していたビートルズを取り上げた、という見方をしてもおかしくないかもしれない。

ラムゼイ・ルイスがビートルズのソングライティングに注目したというよりは、その話題性のほうに興味があったのかもしれないと思えないこともないからだ。

ところが、人気ジャズ・ピアニストだけではなく、ジャズの歴史を築いてきたと言えるほどの実績をもっている演奏家までが取り上げたとなると、そんな消極的な分析で誤魔化すわけにもいかなくなる。

それが1966年の出来事。

ジャズの大御所が取り上げることでカヴァー化も本格化

1966年5月、スタジオに顔をそろえたカウント・ベイシー・オーケストラは、収録12曲中11曲をビートルズ・ナンバーで埋めるアルバムを制作する。ちなみに収録されたのは、「ヘルプ」「キャント・バイ・ミー・ラヴ」「ミッシェル」「アイ・ワナ・ビー・ユア・マン」「ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」「ア・ハード・デイズ・ナイト」「オール・マイ・ラヴィング」「イエスタデイ」「アンド・アイ・ラヴ・ハー」「ホールド・ミー・タイト」「シー・ラヴズ・ユー」だ。

アルバムのタイトルは、『ベイシーズ・ビートル・バッグ』。

カウント・ベイシーといえば、1920年代にピアニストとしてデビュー、楽団を率いて以来、デューク・エリントンやベニー・グッドマン、グレン・ミラーといったレジェンドたちとともに“スウィング”というスタイルを築き上げた、ビッグネームである。

そんな巨星が率いるジャズを代表する楽団が、“箸休め”的ではなく、がっちりと正面からビートルズと向き合ったアルバムを作ってしまったのだ(タイトルは“ベイシーによるビートルズの詰め合わせ”といったニュアンスかな)。

これで一気に、ジャズ・シーンでもビートルズ・カヴァーへの風向きが変わった感がある。

10月にはウエストコーストを代表する人気サックス奏者のバド・シャンクが、タイトルもズバリ『ミッシェル』というアルバムを制作し、1966年のうちにリリースしている(10曲中ビートルズ・カヴァーは「ミッシェル」「ガール」「イエスタデイ」の3曲のみ)。

そして1967年、ビートルズが存在しなければ生まれ得なかったと言っても過言ではない、ジャズ・カヴァーにおける大ヒット・アルバムが世に出ることになるのだが、その話は次回。

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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