今月の音遊人
今月の音遊人:出口大地さん「命を懸けて全力で取り組んだ先でこそ、純粋に音楽を楽しむ心を忘れてはいけない」
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半世紀以上にわたって世界中のファンから絶大な支持を得てきた英国プログレッシヴ・ハード・ロック・バンド、マグナムの最新スタジオ・アルバム『ヒア・カムズ・ザ・レイン』とライヴ・アルバム『ライヴ・アット・KK’s・スティール・ミル』が日本盤としてリリースされることになった。
2024年1月7日に創設メンバーでギタリストのトニー・クラーキンが脊椎疾患で亡くなったことは、ファンを悲しみに暮れさせた。だが、この2作はマグナムというバンドが確かに存在した証であり、その音楽と人生のセレブレーションとして長く聴かれることになるだろう。
マグナムの結成は1972年、イギリスのバーミンガムでのことだった。トニー(ギター)とボブ・カトレイ(ヴォーカル)を軸としたバンドは音楽性が固まらず、苦戦を余儀なくされる。ファースト・アルバム『キングダム・オブ・マッドネス』は1975年から1976年にかけてレコーディングされたが、なかなかレコード会社との契約を結ぶに至らず、リリースされたのは1978年になってからだった。ただ同作は全英チャート58位という中規模のヒットを達成する。
マグナムにとって追い風となったのは、1979年から始まったイギリスのヘヴィ・メタル・ブーム(いわゆるニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル=N.W.O.B.H.M.)だった。彼らはデフ・レパードやタイガース・オブ・パンタンとのツアーや“レディング・フェスティバル”出演で頭角を現し、『チェイス・ザ・ドラゴン』(1982)は全英チャートのトップ20入りを果たした。
ハードなサウンドとプログレッシヴな展開、キャッチーで歌えるメロディ、ほのかな英国テイストを込めた音楽性で人気を博した彼らは『オン・ア・ストーリーテラーズ・ナイト』(1985)『ウィングス・オブ・ヘヴン』(1988)などのヒット・アルバムを発表。1990年代後半の活動休止を挟みながら、コンスタントに高クオリティの作品でファンを魅了してきた。それと並行してボブはソロ・キャリアを始動、メタル・オペラ・プロジェクト、アヴァンテイジアのゲスト・ヴォーカリストとして来日も果たしている。マグナム本隊での日本公演が待たれる中、我々を襲ったのがトニーの死のニュースだった。
筆者(山﨑)がトニーと話すことができたのは一度だけ、1997年のことだった。落ち着いたたたずまいでユーモアを交えながら語る彼は、まさに英国紳士だった。マグナムを解散させ、ハード・レインとして活動を開始した彼はその理由についてこう語っている。
「ずっとひとつのバンドでやってきたし、外部ソングライターとしていろんなアーティストに曲を提供したかった。デモではボブに歌ってもらったけど、それを聴いたレコード会社の重役が『素晴らしい。アルバムにするべきだ』と言い出して、私とボブの新バンドということになってしまったんだ」
「マグナムを辞めて新バンドを始めるなんて、クレイジーだと思うよ(笑)。でも、すごくエキサイティングな気分なんだ。マグナムを始めたころ、バーミンガムのクラブ“ラム・ランナー”でカヴァー曲を演奏していた。でも少しずつオリジナルを混ぜていったんだ。そうしたら『音がデカ過ぎる』とクビになった。当時のことを思い出したね」
ただ結局ハード・レインは長くは続かず、マグナムは2001年に再結成するのだった。
今回日本でリリースされる2タイトルのうち、『ヒア・カムズ・ザ・レイン』はトニーがレコーディングに参加した最後のスタジオ・アルバムだ。『ラン・イントゥ・ザ・シャドウズ』からハードでメロディックなマグナム節が全開、ボブの声のハリも素晴らしく、既に闘病に入っていた筈のトニーのギターも冴えわたっている。『ザ・セヴンス・ダークネス』のようにブラス・セクションを入れて驚かせる曲もあるものの、高クオリティで良い意味で“いつものマグナム”を貫く本作。これからもこんなアルバムを作り続けてくれると信じていただけに、これが最後になってしまうのは悲しい。
一方の『ライヴ・アット・KK’s・スティール・ミル』は2022年12月10日、英国ウルヴァーハンプトンの“KK’s・スティール・ミル”公演を収めたライヴ・アルバムだ。『キングダム・オブ・マッドネス』『セイクリッド・アワー』などのクラシックスから当時の最新作『The Monster Roars』(2022)からのナンバーまでをCD2枚組に詰め込んだ90分オーバーの豪華盤。バンドの物語を締め括るに相応しいステージ・パフォーマンスを楽しむことが出来る……と考えると、やはりトニーが去ってしまったことに寂しさを感じずにいられない。
トニーを失ったことで、ボブは当初「マグナムを続けることはできない」と声明を出していたが、2025年1月に“A Tribute to Tony Clarkin – A Passage In Time – Tribute Tour 2025”と題したイギリス・ツアーを行うことが発表された。トニーの長年のギター・テクだったブレンダン・ライリーが代役ギタリストを務めることになるが、その後マグナムがどうなるかはまだ不明である。
ただ言えるのは、マグナムに封印をしてしまうのはまだ早いと言うことだ。これからも正しい形で、バンドの音楽を生かし続けてもらいたい。
最新アルバム『ヒア・カムズ・ザ・レイン』
ライヴ・アルバム『ライヴ・アット・KK’s・スティール・ミル』
発売元:ルビコン・ミュージック
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山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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