今月の音遊人
今月の音遊人:小林愛実さん「理想の音を追い求め、一音一音紡いでいます」
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【楽器と空の旅 Vol.3】空を駆けるトロンボーン奏者、中川英二郎さんの楽器との旅の極意と楽しみ方
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2026.1.30
世界を舞台に活躍するトロンボーン奏者、中川英二郎さん。ソロ活動にとどまらず、最強のドリームブラスと称される金管アンサンブル「侍BRASS」や国際的に活躍するトロンボーンカルテット「SLIDE MONSTERS」、さらには名門オーケストラとの共演などジャンルを軽々と飛び越えながら多彩な才能を発揮している。
ひとたびツアーが始まれば日本全国、そして世界各地を飛び回る日々。楽器とともに移動する中川さんの空の旅には、どんな工夫が詰まっているのだろうか。
「旅慣れてはいるかもしれませんが、小学生のころから忘れ物が多いんです。同じものを同じ場所に置く──それをルーティーン化しておかないと、必ず何かをミスる。だから楽器ケースにはいつも必要なものをすべて入れておいて、すぐ旅に持ち出せる状態にしています」
ケースのなかには楽器本体に加え、スライドオイルやローターオイル、レバーのバネの予備、掃除棒、クロス、そして部屋で練習するためのミュート。さらに大編成ビッグバンドの際に使用する耳栓、そしてコインロッカー用の100円玉から紛失防止タグまで必要なアイテムがシステマチックに収められている。

スライド用ケースの中に付属するリードパイプポーチに小物を収納。(左)ベルカットモデル用のトロンボーンケース(MBDTTB2S)は、楽器本体部分とスライド部分とがファスナーで分離できるようになっている。(右)
「演奏旅行は好きですね。特に東京—大阪間の移動でも飛行機を使うくらい、空の旅が好きなんです。最新の機体に乗るのも楽しみだし、飛行機は新幹線と比べて拘束時間が短いので自分の自由な時間がとりやすい。全員が同時に乗り降りするので、国内線の場合は盗難のリスクも低く、安心できます」
一方で、飛行機での楽器運搬には苦労も多い。現在使用しているのはテナーバスとバストロンボーンだが、移動時に持つのはテナーバス1本。
「トロンボーンは、機内持ち込みするにはサイズが微妙で、交渉に多くのエネルギーを使うことにストレスを感じていました」
その経験から導いた結論は、預けられる状態を自分でつくること。国内線では、航空会社が貸し出す緩衝材付きギター/小型楽器用コンテナに自分の楽器ケースごと入れ、ベルトで固定する方法に落ち着いた。
この際、絶大な信頼を寄せているのが、長年愛用するマーカス・ボナ(MB)のケースだ。
中川さんはヤマハトロンボーンの開発にも深く関わり、ベルカットモデル(デタッチャブルベルモデル/ベル脱着式)のカスタムトロンボーン「YSL-823GD」を世に送り出した。その際に新規開発されたベルカットスクリューの設計思想は、のちにヤマハのベルカットモデルが一般ユーザー向けに展開されていく基盤となった。ベルカットモデルは、従来のトロンボーンよりもコンパクトに持ち運びできるようになり、ベルカット専用のケースを探していたところ、偶然アメリカで見つけたのがMB。進化を重ねた現在のカーボンシェルは格段に丈夫で、安心感があるという。
「国際線では先ほどお話しした貸し出し用のコンテナはないんです。そこで、スーツケースで有名なプロテックスの内寸90cmのコンテナにMBを入れてみたら、これがぴったり。トロンボーンでよくあるトラブルはベルが曲がってしまうことですが、ベルカットをしていると振動にも強くなります。また、アキシャルフローバルブという円錐形の軸を楽器の主管に沿って回転させるバルブの場合、ちょっとした振動でもダメになってしまうのですが、僕のものは普通のロータリーバルブで比較的衝撃に強い。リスクを計算したうえで選んだ方法です」
この秋の「SLIDE MONSTERS」のホノルル〜シンガポール〜バンコク〜上海ツアーで、ひさしぶりに国際線で受託(預け)を利用。プロテックスとMBの隙間には、必需品であるウォーキング用シューズがぴったり収まった。
「このセッティングでまったく問題ありませんでした。海外経験の少ない若い演奏家からどう運べばいいか相談されることも多いのですが、これはあくまで僕自身の責任でやっている方法。場合によっては機内持ち込みにして、楽器のための席を買うこともあります」

コンテナの中にMBケースをいれ、さらにカバーに入れたシューズで固定。(写真はイメージです)
大活躍のMBケースは、小さくて丈夫な点もお気に入りだという。楽器本体用とスライド用のケースが脱着可能な2ピースになっていて、無駄な空間が生まれず、飛行機だけでなく電車や車での移動でも重宝している。
「電車でも背負ったまま座席に座れるし、自分の車のトランクにきちんと入るのもこのケースだけ。移動が多い僕には本当に心強い相棒です」
演奏旅行では空港や駅からホテルへ、そして演奏会というハードなスケジュールがほとんど。タイトな時間のなかでの楽しみを尋ねると、即座に「おいしいものを食べること」と笑顔を見せた。だが、いちばんの醍醐味は観客と一緒にステージをつくっていくことだ。
「その土地ならではの文化や空気感が反応に表れるので、場所によってお客さんの雰囲気はまったく違います。それが緊張でもあり、同時にいちばんの楽しみでもあります。今はオンラインであらゆる音楽が楽しめますが、実際に会場に足を運んで体験する“そこでしか生まれない空気”は、デジタルでは味わえない特別な世界です。私たちがさまざまな土地で演奏するのも、お客さんと同じ空間で呼吸しながら、その場でしか生まれない雰囲気や芸術を一緒につくりたいから。だからこそ、特に若い世代には、ぜひ一歩踏み出してコンサート会場に来てみてほしいです」
楽器とともに旅を重ね、出会った土地ごとの空気を音に映し出す──。次に彼が奏でる音は、その街とそこに暮らす人々の息づかいと混ざり合い、新たな感動を生み出してくれるに違いない。

Marcus Bonna〔マーカス・ボナ〕
楽器と空の旅 Vol.1(真砂陽地さん・犬飼伸紀さんインタビュー)
楽器と空の旅 Vol2(上野耕平さんインタビュー)
文/ 福田素子
photo/ タカオカ邦彦(1・2・5枚目)
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tagged: トロンボーン, 中川英二郎, マーカス・ボナ, 楽器と空の旅
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