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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#78 周到に準備された、“肩の力”を抜くためのカヴァー集~マッコイ・タイナー『バラードとブルースの夜』編

2004年、マッコイ・タイナーにインタヴューする機会がありました。

彼はコルトレーン・クァルテットの一員だった時期の活動について、「イマジネーションを常に最優先させるように自分の気持ちを整えておかなければならなかった。そのうえで、演奏にはパワーが要求されていた。だから、常に緊張した状態で演奏していたんだ」と語っていました。

その緊張感あるプレイに魅了されていたボクのなかでは、本作の評価はほかに比べて高いとは言えませんでした。

なぜこんなにリラックスした演奏なのか。なぜオリジナル曲ではなくカヴァーばかりなのか。それなのになぜ、“名盤”と呼ばれるようになったのか──を再考したいと思います。


Satin Doll

アルバム概要

1963年に米ニュージャージー州のヴァン・ゲルダー・スタジオでレコーディングされた作品です。

オリジナルはLP盤(A面4曲B面4曲の全8曲)でリリース。同曲数同曲順でCD化されています。

メンバーは、ピアノがマッコイ・タイナー、ベースがスティーヴ・デイヴィス、ドラムスがレックス・ハンフリーズで、いわゆるジャズのピアノ・トリオのフォーマットになっています。

収録曲は、セロニアス・モンクやデューク・エリントンのほか、ジャズのスタンダード・ナンバーが並んでいます。

“名盤”の理由

1938年生まれのマッコイ・タイナーが、彼の生まれ育った米ペンシルベニア州フィラデルフィアを拠点に活動していたジョン・コルトレーン(1926年生まれ)の誘いで“歴史的な”クァルテットに参加したのは1960年夏。

1965年の年末に脱退するまで、コルトレーン・クァルテットで数々の“名盤”制作に関わる一方で、マッコイ・タイナーは自身のリーダー名義のアルバムを6枚リリースしています。

その3作目が本作ですが、収録曲のすべてをカヴァーにすることで、ピアニストとしてのマッコイ・タイナーの魅力に焦点を当てた企画となり、それが功を奏して“名盤”と呼ばれる評価につながったのだと思われます。

いま聴くべきポイント

コルトレーン・クァルテットにおけるマッコイ・タイナーは、ジョン・コルトレーンが取り組んでいた「和音を横展開して圧縮する」というシーツ・オブ・サウンドに対して、「展開された和音に付加音を盛り込んでいく」かのようなシングルトーンを用いて、解体された和音を縦に展開させる役割を果たしていたと、ボクは考えています。

それは、横展開することによってコード的な意味が薄れたそれぞれの音符に、新たにコード的意味合いをもたせることで、重層的なサウンドを生み出し、結果として“瞑想的”と言われるコルトレーン・サウンドが理論的にきわめてジャズになり(=コード進行的にジャズであるというアイデンティティを意味する)、ブルースの要素を失わないことにつながったのだと思うのです。

ところが、コルトレーン・クァルテットと並行するように企画されたマッコイ・タイナーのソロ名義プロジェクトでは、ある意味で“脱・コルトレーン・サウンド”によって、マッコイ・タイナーというピアニストのイメージを(コルトレーン・クァルテットのネームヴァリューを利用しながら)新たに開拓しようというレコード会社の戦略が透けて見えるような気がするのです。

実際に、本作のプロデューサーであるボブ・シールはソロ名義プロジェクトに臨むマッコイ・タイナーに対して、(コルトレーン・クァルテットのような)前衛的なアプローチではなく、一般的なジャズをイメージできる内容であることを求めていたようです。

1作目ではオリジナル曲でそのアプローチを表現しようとするも、ハードルの高さを悟ったかのように2作目からはカヴァー曲が増え、6作目『マッコイ・タイナー・プレイズ・エリントン』ではタイトルどおりデューク・エリントンのナンバーでアルバムを埋め尽くし、ジャズの正統派であることをアピールするかのような路線でソロ名義プロジェクトを展開しているのです(ちなみにこの“路線”は、コルトレーン・クァルテットとインパルス・レコードからの彼の離脱によって、軌道を大きく修正することになります)。

つまり本作は、マッコイ・タイナーがインパルス・レコードで制作した6作品のなかでも、カヴァー曲を使ってジャズ・ピアニストとしてのポジションを確立しようと覚悟を決めたターニングポイントとなる作品であり、その覚悟があったからこその肩の力が抜けた“名演”となって、“名盤”への道を切り拓いたのだと思うのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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