今月の音遊人
今月の音遊人:上野通明さん「ステージで弾いているときが、とにかく幸せです」
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2018年7月27日(金)から29日(日)にかけて、フジ・ロック・フェスティバル’18(以下、フジロック)が開催された。
今年で22回目を迎える、日本の夏を彩る音楽フェス。現在の苗場スキー場で開催されるようになって20回目を記念する今回のイベントには3日間+前夜祭でのべ12万5千人の観衆が集結した。
台風12号の影響が懸念された今回のフジロックだが、直撃は回避。2日目のヘッドライナーだったケンドリック・ラマーのライヴは豪雨の中で行われたが、それが観衆の心に火を付ける燃料となったようで、誰もが口々に「ケンドリック最高!」と絶賛していた。
フジロックが天候に祟られるのはこれが初めてではない。1997年の第1回、台風のせいで2日間のフェス(当時)の2日目が中止になったのは“伝説”となっているし、2013年に2番目に大きなホワイト・ステージでのロケット・フロム・ザ・クリプトのライヴ前に「豪雨のため、ライヴが中断する可能性があります」とアナウンスされたのも記憶に新しい。幸いにもこのときのライヴは無事行われた。
3日目の朝、風は強かったものの、雨はすっかりあがっていた。1997年のフェス2日目の中止が正式に発表されたときも、台風は過ぎ去って好天だったから、まだ安心はできない……というような心配は杞憂に終わり、最終日のイベントは無事行われた。
20世紀で最も重要な音楽アーティストの一人と呼ばれるボブ・ディランのノーベル文学賞受賞後、はじめてとなる来日。彼のフジロック初登場ライヴは、“特別”な体制で行われた。
通常、フジロックのヘッドライナーがステージに立つのは午後9時以降で、11時ぐらいまでプレイする。だがディランの場合は月曜日に仕事のある観客層に配慮してか、午後6時50分からスタート。ライヴ終演が午後8時20分のため、9時40分発の東京行き新幹線の最終電車に間に合うかはギリギリ微妙なところだったが(シャトルバスで会場から駅まで行くにはかなりキツイ時間だ)、マイカーならば東京までなら帰ることができる。
基本的にフジロックでは複数のステージが同時進行するが、ディランの時間帯は彼の出演する最大のグリーン・ステージでのみライヴが行われた。フェスを訪れている全観客をディランに集中させるという、特別な待遇だ(ただしもちろんフェスめしの屋台などはそのまま営業が続けられた)。
ディランに次ぐフジロックの大物といえば2001年のニール・ヤングが思い出されるが、あのとき2番目に大きなホワイト・ステージではニュー・オーダー(特別ゲスト:ビリー・コーガン)のライヴが並行して行われていた。
ディランの演奏中の写真撮影はNG。本記事にライヴ写真がないのは、それが理由である。また、この年から始まったYouTubeによるストリーミングでも、ディランのステージは放映されなかった。近年の彼はそれが平常運転であり、日本だからとか台風だったからというのは関係ないようだ。
海外ではステージ左右の大スクリーンでの映写もNGということが少なくないようだが、フジロックでは後方の観客もディランの表情のディテールを見ることができた(ただしカメラは固定1台のみだった)。
1978年2月〜3月の初来日公演(『武道館』としてライヴ・アルバム化された)から40周年を記念する今回のステージだが、決して“よそ行き”ではなく、最近の世界各国でのセットリストを緩く踏襲したものだ。バンドのメンバーとステージに上がったディランはピアノに向かい、「シングス・ハヴ・チェンジド」を歌い始める。
唯一無二のディラン・ヴォイスが苗場の山々に響きわたると、大きな声援が湧き上がる。興味深いのは、彼のライヴ・パフォーマンスが近年の単独公演とかなり異なった反応で迎えられたことだった。
最近では2010年3月、2014年4月、2016年4月に来日、小ホールやクラブ規模でのツアーを行ってきたディラン。公演数の多さに加えてチケット代も相当なもので、年季と気合いの入ったコアなファンが目立っていた。
半世紀を超えるキャリアで数々の名曲を生んできたディランは、ライヴ・レパートリーも多い。さらに有名曲・ヒット曲であってもイントロや歌メロを“崩して”、レコードやCDで聴くヴァージョンとかなり異なったテイストになることも少なくない。それゆえに、彼の単独ライヴは時にマニア層がどれだけ早く「この曲を俺は知っているッ!」と拍手・歓声を送るかという“早押しクイズ”状態になることもある。
フジロックにもそんな熱心なファンはいたものの、フェス全体を楽しみに来た、ディラン的にはライトな層もかなりの割合を占めていた。「悲しきベイブ」「追憶のハイウェイ61」「くよくよするなよ」など1960年代の名曲が序盤から繰り出されたが、それぞれのイントロへの反応は薄かった。だが曲が進むにつれ、歓声は熱気を帯びていく。それは観衆が「あッ!この曲だったのか」と気付くのに時間を要したのか、あるいは曲がわからずともディランのステージ・パフォーマンスに引き込まれていったのか。気がつけばどの曲にも熱い声援が飛び交い、オリジナルが発表された頃にはまだ生まれていなかったであろう若い観客も盛り上がっていた。渋いギター・プレイで魅せるチャーリー・セクストンがかつてアイドル扱いされていたと言ったら、彼らは信じてくれるだろうか。
新旧のディラン・クラシックスを取り混ぜたステージ。ここ数作、フランク・シナトラやアーヴィング・バーリン、ホーギー・カーマイケル、ジミー・ヴァン・ヒューゼンなどのアメリカン・スタンダードを歌うアルバムが続いたが、“最新”オリジナル・スタジオ・アルバムとなる『テンペスト』(2012)から「デューケイン・ホイッスル」「アーリー・ローマン・キングス」が披露された。
77歳となるディランだが、ステージをしっかり踏みしめて歌い、ピアノを弾く。その姿は、グリーン・ステージの前にいる観衆を圧倒する存在感と迫力、そしてミュージシャンとしての楽しさを兼ね備えていた。
最後を飾ったのは「やせっぽちのバラッド」と「風に吹かれて」という、文字通りノーベル賞級の名曲だ。ディランとセクストンが仁王立ちでライトに照らされて、約1時間半のライヴは終わりを告げた。
N.E.R.D.とケンドリック・ラマーという新世代アーティストをヘッドライナーに迎えて、“新しい血”を取り入れた2018年のフジロックだが、良い音楽は時代を超えて良い音楽だ。最終日はジャック・ジョンソンがレイドバックしたアコースティック・サウンドで会場を心地良く揺らし、ヴァンパイア・ウィークエンドがシン・リジィの「ヤツらは町へ」をフル・カヴァー。2012年にデビュー、あっという間にホワイト・ステージのヘッドライナーに上り詰めたチャーチズ(CHVRCHES)も最先端サウンドを聴かせながら、その根底にあるのはタイムレスなポップ・ミュージックだ。
時代の流れと呼応しながら、音楽の普遍的な魅力を伝えていく。2018年のフジロックはそんなイベントであり、ボブ・ディランのステージは、それを象徴する出来事だった。
『ライヴ:1962-1966~追憶のレア・パフォーマンス』
発売元:ソニーミュージック
発売日:2018年7月18日
料金:2,800円(税抜)
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に850以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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