Web音遊人(みゅーじん)

ロック業界は足下を見つめ直してみる必要があるかもしれない

ロック業界は足下を見つめ直してみる必要があるかもしれない

2017年2月26日の第89回アカデミー賞授賞式で起こった発表ミス事件は、映画史に残る失態として大きく報じられた。作品賞が『ムーンライト』に渡されるべきところ、渡すべき封筒を間違ったことで『ラ・ラ・ランド』と発表されてしまったという事件。封筒を手渡す担当者が直前にSNSにエマ・ストーンの写真を投稿するなど、注意散漫だったことが原因だったといわれるが、映画に対する愛情と敬意があれば、こんなみっともない事件は決して起こらなかっただろう。

残念なことに近年、ロック業界においても類似した失態が続いている。

2017年2月12日にロサンゼルスのステイプル・センターで行われた第59回グラミー賞授賞式ではメガデスの「ディストピア」が“ベスト・メタル・パフォーマンス”部門での受賞を果たした。12回目のノミネートにして遂に受賞。バロネスやKoЯn、GOJIRA、ペリフェリーら強豪たちを抑えての勝利という快挙に、場内には大きな拍手が上がった。

だが、受賞スピーチのために壇上に上がる彼らのバックでハウス・バンドが演奏したのはメタリカの「マスター・オブ・パペッツ」。受賞アーティストの楽曲でないどころか、元々メガデスはメタリカをクビになったデイヴ・ムステインが結成したという、いわく付きのバンドだ。ムステインは「(ハウス・バンドが)メガデスの曲を演奏できないからじゃない?それにしても酷い演奏だった」と皮肉を込めたコメントを残している。

1989年に“ベスト・ハード・ロック/メタル・パフォーマンス”部門を新設したグラミー賞だが、初年度にジェスロ・タルに受賞させるというトンチンカンな選択など、メタルに対する無知と無関心は有名。それが再び悪い形で噴出したのが、メガデスの事件だった。

2017年4月7日、ブルックリンのバークリー・センターで開催された「ロックンロール・ホール・オブ・フェイム」殿堂入り式典で起こった事件も、ファンを嘆かせた。この式典では最近亡くなったアーティストの映像を映し出し、その功績を讃えるコーナーがあった。その中で紹介された1人がキング・クリムゾンやエイジア、UKなどで活躍、1月31日に亡くなったジョン・ウェットン。プログレッシヴ・ロックの巨人であり、当然紹介されるべきシンガー/ベーシストだが、名前John WettonがJon Wettonと誤って表記されていた。故人の名前を間違えるというミスには、盟友だったジェフ・ダウンズもツイッターで「名前のスペルぐらいちゃんとできないのか」と苦言を呈したほどだった。

2016年10月8日、9日にさいたまスーパーアリーナで開催された「ラウド・パーク16」フェスでも、同様の事件が起こっている。初日のヘッドライナーはスコーピオンズで、世界に冠たるスーパースターならではの堂々たるステージ・パフォーマンスを披露した。ドラマーとして元モーターヘッドのミッキー・ディーが参加したこともあり、2015年12月28日に亡くなったレミー・キルミスターへのトリビュートとしてモーターヘッドの「オーヴァーキル」が演奏され、会場に集まったメタル・ファンたちは感涙にむせんだ。

そんな興奮冷めやらぬライヴ後、出てきたMCが一言「いやあ、とうとうやりましたね『エース・オブ・スペイズ』!」

メタルというジャンルそのものを象徴する双璧の名曲である「オーヴァーキル」と「エース・オブ・スペイズ」を混同するというのは、真にメタルを愛する者ならば絶対にあり得ないことだ。筆者(山崎)はその場にいたが、未だに聞き違いではないかと信じられずにいる。

“音楽離れ”が叫ばれて久しい。その理由として娯楽の多様化やインターネットの普及などが挙げられているが、業界関係者が愛していないものをリスナーに愛してくれと言えるだろうか。一連の事件はファンを暗澹とした気持ちにさせた。ロック業界は自分たちの足下を見つめ直してみる必要があるかもしれない。

ロック業界は足下を見つめ直してみる必要があるかもしれない

2017年5月、メガデスは来日公演を行った。傑作『ディストピア』を引っ提げてのステージは新旧の名曲で押しまくる素晴らしいもので、数時間前に亡くなったクリス・コーネルへの追悼の意を込めて、サウンドガーデンの「アウトシャインド」も演奏された。こんな凄いバンドがしかるべき敬意を払われないなんて、絶対にあってはならないことである。

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に850以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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