Web音遊人(みゅーじん)

今月の音遊人:藤田真央さん「底辺にある和音の上に内声が乗り、そこにポーンとひとつの音を出す。その響きの融合が理想の音です」

2019年6月、「第16回チャイコフスキー国際コンクール」ピアノ部門で第2位を獲得し、世界中の注目を集めた藤田真央さん。一方では音楽コンクールを題材にした映画『蜜蜂と遠雷』において、主人公の一人である風間塵(演じるのは鈴鹿央士)の演奏を担当し、20代ならではのフレッシュな音楽を聴かせてくれました。まだまだ自由な感性で広がりを見せてくれそうな俊英に、理想の音などをうかがいました。

Q1.これまでの人生の中で、一番多く聴いた曲は何ですか?

おそらくベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番と4番だと思います。まだ小学生の頃でしたが長野に住んでおり、母親が運転する車で東京の音楽教室に通っていました。移動時間は3時間ほどでしたが、車内で必ずといってよいほどウラディーミル・アシュケナージがピアノを弾くこの曲を聴いていたのです。3番と4番がカップリングされているアルバムでしたが、4番の最後までを聴くことなくレッスン会場に着いてしまったこともありましたし、リヒテルが弾くJ.S.バッハの『平均律クラヴィーア曲集』だったこともありました。
うちは音楽一家ではありませんが、兄も(そして母も)同じ音楽教室でピアノを習っていて、家庭の中には常に音楽がありました。幸福だったと思います。父親はポップスや歌謡曲が好きでよく聴いていたので、私は全然世代ではないですけれど、ピンク・レディーやおニャン子クラブの歌まで知っていますよ。そういった家庭環境も今の私に大きな影響を与えていると思います。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲は第3番も第4番もまだ演奏したことがなく(2020年1月インタビュー時)、ベートーヴェン・イヤーの2020年、ようやく第3番を初めて弾きます。私のアプローチはアシュケナージのストレートな演奏と異なりますが、あれだけ繰り返し聴きましたので、無意識に影響を受けているかもしれませんね。

Q2.藤田さんにとって「音」や「音楽」とは?

答えが出ないもの、追い求め続けていくもの、だと思います。
音も音楽も、追求すればするほど別の可能性や未知の音を提示してくれますし、ピアニストにとっては演奏するホールや楽器によっても違いますから。私にとって理想の音というのは、底辺に和音があって内声の上にメロディが乗ってという自然な形があり、最初に和音を弾いてから小指でひとつの音をポーンと出したとき、最初の響きと融合した音であること。次の音を忘れるくらい、そのまま時間が止まって欲しいとさえ思える瞬間が理想です。まさに和声、メロディ、リズムの3要素が完璧なバランスでマッチして、それがひとつの世界を作り上げている瞬間です。

Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人を想像しますか?

最初にイメージしたのは「ピアノで遊ぶ赤ちゃん」なのですが、次に思いついたのは、言葉のセンスとメロディが見事にマッチしているシンガーソングライターですね。和声進行まで考え、「こういう響きだからこういう言葉でこのメロディだ」と、すべてをマッチさせるのはすごい才能だと思います。
それからベートーヴェン。彼はイタリア語が初心者レベルでしか話せないはずなのに、『この暗き墓場に(In Questa tomba oscura)』という素晴らしいイタリア歌曲を書いていて、自分の言葉で一生懸命に伝えようとする姿勢に感動します。だからこそ歌詞の一語一語と和音との結びつきも素晴らしく、ひとつの表現として成立してしまうんでしょうね。

藤田真央〔ふじた・まお〕
1998年東京都生まれ。3歳からピアノを始める。2019年6月チャイコフスキー国際コンクールで第2位を受賞。聴衆から熱狂的に支持され、ネット配信を通じて世界中に注目された。2016年には故中村紘子氏が最後に音楽監督を務めた浜松国際ピアノアカデミーコンクールで第1位、2017年には第27回クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールで優勝。 近年の活躍は目覚しく、ロンドンのデビュー公演が『The Times』紙で大絶賛された他、パリ、ニューヨーク、モスクワ、サンクトペテルブルグ、ソウル、ミュンヘンなどでもデビュー。2020年はミュンヘン・フィルとの共演、ヴェルビエ音楽祭への出演などが予定されている。
オフィシャルサイトはこちら

特集

今月の音遊人:清水ミチコさん「歌モノのネタができることは自分にとって強みです」

今月の音遊人

今月の音遊人:清水ミチコさん「ピアノをちょっと絶ってみると、どれだけ自分に必要かわかります」

17141views

音楽ライターの眼

連載10[多様性とジャズ]1960年代の公民権運動で結ばれたジャズと多様性の強い絆

1105views

楽器探訪 Anothertake

奏者の思いどおりに音色が変化する、豊かな表現力を持ったグランドピアノ「C3X espressivo(エスプレッシーヴォ)」

7573views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

1476views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

17832views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

オーケストラのステージの“演奏以外のすべて”を支える/オーケストラのステージマネージャーの仕事(前編)

40065views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

5949views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

5809views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

8548views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

590views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

3870views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

26601views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

13977views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

17089views

音楽ライターの眼

人類がなぜギターという楽器を愛してきたのか、その理由を垣間見た/Acoustic Guitar Festival LIVE -Yamaha Acoustic Mind 2020 Ginza Special Vol.2-

3770views

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

5282views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

8015views

楽器探訪 Anothertake

世界の一流奏者が愛用するトランペット「Xeno Artist Model」がモデルチェンジ

20039views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

17761views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

4473views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

21349views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

1987views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

22707views