Web音遊人(みゅーじん)

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.8

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.8

ジャズはもともと、演奏者がそのハードルを上げることによって確立したとも言える音楽ジャンルだ。

ということは、ジャズのハードルを下げるという行為は、ジャズがジャズであるアイデンティティを放棄するに等しいと言っても過言ではない。

――ということを“まとめ”の冒頭に書いてしまうと、7回分もの文字を費やして論じてきた努力が水泡に帰すどころか、「考えてから始めろよ!」との誹りを受けるのもやむなしな雰囲気になりかねない。

それは困る。

いや、いま少しお待ちいただきたい。

なぜこのような錯誤を招きかねない状況に陥るのかというところこそが、ジャズのハードル問題の解決に関係しているので、まずはそこから解いていこう。

ハードルを下げることがジャズのアイデンティティに触れる問題だと感じるのは、そもそも“下げる対象のジャズ”には違いがあるのに、それを混同して論じようとするからである。

ここでまた、ジャズの成立から大衆化までの歴史をおさらいすると回り道になってしまうので、省略する。

ものすごく端折って関係する部分のみ取り上げると、1920~30年代に大衆音楽としての役割を担った系譜と、そのアンチテーゼとして先鋭化した系譜が並立し、どちらも同じ名前を名乗っているという“ややこしい存在”が、ジャズなのだ。

後者のジャズは前者のハードルを“上げる”ことで生まれたわけだから、ハードル問題の当事者は後者のジャズであり、前者とは分けて論じなければならない。

それなのに、ニューオーリンズ・ジャズやスウィングは前者で、ビバップ以降は後者というような単純な線引きもできないことが、この問題の複雑化に拍車をかけることになっているのは否めない。

相反する要素を内包していることは、ジャズに“多様性”というきわめて有力な“武器”を与えた功績がある半面、前者と後者という乖離した存在が並立するややこしい状況も生んでしまったわけだ。

こうした状況が生まれた背景には、それまで音楽と大衆を結ぶ重要なアイテムであった舞台芸術(主にオペラやバレエ)のフォーマットが、クラシック音楽からジャズへと変わったことがある。20世紀になってからのブロードウェイのミュージカルと(前者の)ジャズの関係が代表的な例だろう。

前者のジャズがこうして確固たる地位を築くに従って、そのリバウンド的な事象も顕著になる。それがビバップを生んで、後者のジャズを育んでいくことになるわけだ。

ここで重要なのは、前者と後者という2つの異質なジャズは乖離したままにはならず、揺り戻しのようにお互いの足りない部分を模索して取り入れようとするタフさが備わっていたということ。

そう考えると、異質な要素を振れ幅マックスまで放置しながら、ちゃっかり内包して変容してきたジャズの“生い立ち”そのものが、ハードルを上げたり下げたりしていたのだという結論に行き着く。

つまり、ジャズのハードルを下げるということは、ジャズのアイデンティティを放棄することでもないし、大衆化に迎合することでもない。

次なるジャズの振れ幅を生み出すための“大いなる助走”ではないか、ということだ。

だからこそ、ハードルを意識させるようなアルバムやライヴがジャズから離れたものにはならず、さらに“ジャズとはなにか”といった刺激的なテーマをもたらしてくれたのだろう。

ジャズのハードル問題への興味は尽きないが、さらなる探求をお約束して、ここでとりあえず“打ち止め”とします。

<了>

なぜジャズのハードルは下がらないのか?<全編>

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

ジェイク・シマブクロ

今月の音遊人

今月の音遊人:ジェイク・シマブクロさん「音のかけらを組み合わせてどんな音楽を生み出せるのか、冒険して探っていくのは楽しい」

9955views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#031 目論見どおりにいかなかったからこそ生まれた現代音楽的名演~キース・ジャレット『ザ・ケルン・コンサート』編

1557views

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

24680views

楽器のメンテナンス

楽器のあれこれQ&A

大切に長く使うために、屋外で楽器を使うときに気をつけることは?

58384views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

16208views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

オーケストラのステージの“演奏以外のすべて”を支える/オーケストラのステージマネージャーの仕事(前編)

44889views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

10153views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8128views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10874views

練馬だいこんず

われら音遊人

われら音遊人:好きな音楽を通じて人のためになることをしたい

6454views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

8976views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10927views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

8320views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10874views

音楽ライターの眼

指先から涙が噴き出しそうにエモーションを込めたポール・コゾフのギター。バック・ストリート・クロウラーの『ザ・ライヴ・パフォーマンス -ファースト&ラスト-』発売

2782views

オトノ仕事人

歌、芝居、踊りを音楽でひとつに束ねる司令塔/ミュージカル指揮者・音楽監督の仕事

3912views

われら音遊人

われら音遊人:みんなの灯をひとつに集め、大きく照らす

6234views

reface

楽器探訪 Anothertake

コンパクトなボディに優れた操作性が溶け込んだデザイン

6549views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

20436views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8958views

楽器のあれこれQ&A

ピアノ講師がアドバイス!練習の悩みを解決して、上達しよう

5177views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

3686views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26995views