今月の音遊人
今月の音遊人:村治佳織さん「自分が出した音によって聴き手の表情が変わったとき、音楽の不思議な力を感じます」
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音楽業界の最新情報を追い、注目のアーティストや演奏会に関する記事を執筆し、読者に音楽の魅力を伝える音楽記者。しかし、その仕事は音楽だけにとどまらない。毎日新聞社 学芸部でクラシック音楽を担当している西本龍太朗さんに、“音楽記者とは?”を聞いた。
西本さんは、毎日新聞社の学芸部に所属している。東京本社の学芸部内で音楽専従記者は2人。ポピュラー音楽担当が1人、クラシック音楽担当が1人という体制だ。西本さんは2024年に前橋支局から学芸部に異動し、1年間ポップスを担当した後、2025年春にクラシック担当に着任した。
それから半年、まだ日は浅いが、この仕事でもっとも大切なのは“専門性の高さ”だと感じているという。
「日々、アーティストの方々を取材したり、演奏会を聴いて記事を書いたりするので、音楽の専門的な知識があってこそ、書けることがあると思っています。クラシックとひと言で言っても、オペラ、オーケストラ、室内楽など、ジャンルは多岐にわたります。予習は欠かせません」
特に時間をかけているのは“楽曲の分析”だ。
「記者によって取材のスタイルは違うと思いますが、僕の場合は大学で音楽学を学んだこともあり、楽譜を読み込む、あるいは音源を聴き込んで、そこを手がかりに取材することが多いですね。これはポップス担当のときから変わっていません。たとえば、ジャズピアニストの上原ひろみさんに、『Yes! Ramen!!』という曲について尋ねたときのことです。音源から得られた情報として、東洋的な音階やフレーズ(旋律)、上原さんが得意とするトリッキーな変拍子、昔ながらの中華そばのような懐かしさを呼び起こすメロディーなど、さまざまな場面展開を経て、4人のプレイヤーがユニゾン(複数の楽器や声が同じ音程で同時に演奏・歌唱すること)で低音域へ下行する音型があったのですが、そのとき、僕の脳裏には、どんぶりのスープを最後の一滴まで飲み干す様子が浮かんだのです。そんな切り口からお話を伺うと、その場が盛り上がり、面白いお話をたくさん引き出すことができました」

毎日新聞社学芸部にて仕事をする西本さん。取材のため社外で仕事をする社員も多く、社内はフリーアドレスになっている。
事前準備が十分にできたか否かで、インタビューの成果が大きく変わると話す西本さん。しかし、新聞社に身を置いている以上、じっくり時間をかけられる取材ばかりとは限らない。大物アーティストが亡くなったときなど、速報を求められることも多い。また、音楽記者とはいえ、学芸部が担当する領域で大きな案件が発生した場合は、担当記者の応援のため自らも取材に出向くことがあるという。
「ひとたび大きな事件が起これば、たとえば担当記者の代わりに僕が記者会見に出席することもあります。現場の状況や声を本社に送り、それをもとに社内の記者が記事を作成するといったように部署内で連携を図ることもあります。ケースによっては、いわゆる事件記者がやっているような、関係者への“夜討ち朝駆け”を行うこともあり、100パーセント安心して音楽のことばかり考えられるわけではないのが実情です」
ほかにも、ノーベル文学賞なども学芸部総出で取り組まなくてはいけないカテゴリーだ。政治部や社会部のように24時間ニュースに追われる部署でなくとも、ハードワークを余儀なくされる職業であるのは間違いない。
「急な事件が起こると、そちらの対応で予定が狂ってきて……と、焦る気持ちも出てきますが、リモート勤務などをうまく活用しながら仕事をしています。仕事の合間にピアノを弾いたり、作曲したりすることが、いちばんのストレス解消法です」

現在は、毎日新聞デジタルの『クラシックBravo!』も担当。
『クラシックBravo!』は、時代を超えて紡がれてきたクラシック音楽の魅力を伝える特集記事で、指揮者、作曲家、演奏家へのロングインタビューなどを掲載する。さまざまな角度からクラシック音楽を掘り下げているのが特徴だ。また、ここで取り上げた音楽記事を紹介する無料メールマガジンも配信している。
「クラシック音楽を愛する人に向けた特集記事に関して、メールマガジンでしか読めない記者の考えや思いを書いています。今はどの新聞社もそうだと思いますが、より多くの読者に記事を届けるため、紙媒体と同時にデジタルにも力を入れています。ウェブのよさは、やはり文字数の制限なく内容を深掘りできるところ。この利点を生かした記事を多くの方に読んでいただくためにも、思わず見出しをクリックしたくなるメルマガを目指しています」
最後に、今後の目標について聞いた。
「大学時代に専攻していたのが、西洋音楽のなかでも現代音楽と呼ばれる新しい時代の音楽です。現代音楽というと、どうしてもハードルが高いというか、コンサートでもベートーヴェンやマーラーに比べてお客さんを集めるのに苦労すると言われます。しかし、決して難解な曲ばかりではありません。聴いていて面白い、これは後世に残るであろうという曲を一人でも多くの人に知ってもらいたい。そんな願望があります。別の言い方をすれば、僕らがそれを伝えていかなければ、一部のファンだけの閉じた世界で完結してしまうとも思うんです。新聞という媒体は、幸い読者層が広いので、クラシックに馴染みがない人にも、こんなに面白い音楽があるんだということを知っていただければと思っていますし、僕自身も知識をアップデートしていくつもりです」
西本さんの音楽記者としてのキャリアの積み重ねが楽しみだ。

Q.子供の頃、なりたかった職業は?
電車の運転士です。幼稚園か小学校の低学年ぐらいまではそうでした。僕は横須賀出身なのですが、京浜急行がいちばん身近な電車で、電車を見るのも、乗るのも、型式を覚えるのも、発車してからの加速音を聴くのも好きでしたね。Nゲージもたくさん集めました。今は実家に置いてありますが、子どもが生まれたので、もう少し大きくなったら引っ張り出して、一緒に遊びたいと思っています。
Q.普段聴いている音楽は?
ここは「クラシック」と答えるべきなのでしょうが、正直に言うと、毎日のように聴いているのはボサノバ。中でもボサノバの創始者の一人でブラジル音楽家、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲をよく聴いています。ジョビンの音楽は、クラシックの作曲家にも劣らないほど精緻で、ハーモニーも非常に複雑。ジョビン自身も言っているように、フランス音楽の影響を受けていて、ドビュッシーやラヴェルとつながるような音楽で、聴いていてまったく飽きないですね。逆に、仕事をしようと入ったカフェでボサノバが流れていると、すっかり聴き入ってしまって、まったく仕事に集中できませんが。
Q.心に残るコンサートは?
2018年、フランスの作曲家、ミシェル・ルグランが亡くなる前、最後に来日したときのコンサートです。僕はルグランが音楽を担当した映画『ロシュフォールの恋人たち』が大好きなんです。それを作曲者本人がピアノで弾いて、かなりお年は召していたものの心に染み入る演奏をされて、言葉にならない感動がありました。当時は毎日新聞社の校閲部で仕事をしていて、夕方から深夜にかけての勤務でしたが、「これは行かなきゃ!」と休みを取ったことを覚えています。
Q.趣味は?
昨年生まれた娘が好き勝手にピアノやトイピアノを弾いている様子を録画して、楽譜に書き起こすのが趣味です。短音でポロポロ弾くこともあれば、一度にたくさんの音を鳴らすことも。それは「クラスター」という表記で表したりして。楽譜にするとこれが案外、良い曲なんですよ。で、1人で悦に入っているという。完全に親バカですけどね。

Q.座右の銘は?
『藝術のない生活はたへられない。生活のない藝術もたへられない。藝術か生活か。徹底は、そのどつちかを撰ばせずにはおかない。而も自分にとつては二つながら、どちらも棄てることができない。』(詩人・山村暮鳥の詩集『雲』の序の一節)
芸術って浮世離れしているように思われることがありますが、決してそうではなく、生活に結びついてこそ生まれてくるものだというのが僕なりの解釈です。新聞記者として芸術に関わるなかで、「芸術がこの社会においてどのような存在意義を持つのか」という視点でこれからも記事を書き続けたいと思っています。
文/ みやじまなおみ
photo/ 阿部雄介
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