今月の音遊人
今月の音遊人:中川晃教さん「『音遊人』のイメージは、雲を突き抜けて、限りなくキレイな空の中、音で遊んでいる人」
7227views
メタリカの『マスター・オブ・パペッツ(邦題:メタル・マスター)』を聴いた。
『マスター・オブ・パペッツ』といえば1986年に発表されたヘヴィ・メタルの歴史的名盤。聴いていて当然、というか聴かないと死んでしまう必聴アルバムゆえ、何を今更……?と思われるかもしれないが、2017年11月に発売された”リマスター・デラックス・ボックス・セット”というと話は別になる。
10CD+3LP+2DVD+1カセット。トータル20時間という空前の超巨編である。すべてを聴き通すには並々ならぬ体力と精神力を要する、消耗戦的な作品だ。メタルの大音量に包まれて、全編を聴き終えたときには、大きな達成感に包まれた。
『マスター・オブ・パペッツ』本編はヘヴィ・メタルを代表する大傑作というだけでなく、ロック音楽における最も密度の濃い55分である。極限まで速いスラッシュ・メタルというスタイルをメインストリームに知らしめた「バッテリー」からエクストリームでドラマチックな展開の「マスター・オブ・パペッツ」、爆走するラストの「ダメージ・インコーレイテッド」まで、凄まじいヘヴィネスとテンションが襲いくる。アルバムが発表されて30年以上が経つが、その衝撃と切れ味はまったく鈍ることがない。
リマスターはいたずらにEQで音をデカくするのではなく、起伏に富んだアルバムのサウンドを生かしたナチュラルなものになっている。
ボックス・セットに収録された音源(大半が未発表)は、メタリカの『マスター・オブ・パペッツ』期を網羅したものだ。アルバム収録曲の初期デモやリハーサル、アウトテイクから発表後のインタビュー、ワールド・ツアーでのライヴ、ベーシストのクリフ・バートンの死を経て、後任となったジェイソン・ニューステッドのオーディション、ジェイソン加入後のライヴまでが収録されている。そのすべてを時系列順に通して聴くと、1985年から1987年初めにかけてのメタリカの激動の時代を疑似体験することが可能だ。
実際のところ、それらの音質/画質は決して高いものではなく、1986年4月のニュージャージー公演や1987年1月のドイツ・エッセン公演はサウンドボードといってもPA直結のような平坦なミックスだったり、不完全収録だったりする。カセットに収録された1986年のストックホルムに至ってはファンがテープレコーダーを持ち込んで盗み録りしたものだ。DVDに収録された1986年11月、名古屋の愛知県勤労会館でのライヴは2階に固定したビデオカメラによるもので、VHS映像をそのままDVD化したようだ。
生のメタリカをそのまま捉えた、オフィシャル・ブートレグ然とした作りは、1987年に発表された映像作品『クリフ・エム・オール』を少なからず意識しているだろう。クリフ・バートンへの追悼作だった『クリフ・エム・オール』と同様、このボックス・セットも彼への想いを込めた作品なのだ。
メタリカのマニアにとっては、細かいディテールも楽しめる。
1986年8月、ヴァージニア州ハンプトン公演はジェイムズ・ヘットフィールドがスケボーでコケて骨折、代役としてカーク・ハメットのギター・テクとしてツアーに同行していたジョン・マーシャル(メタル・チャーチの一員でもあった)がギターを弾いている。ジェイムズはヴォーカルに専念しているせいかMCのトークがやたらと多く、マーシャルのことを”ジョン・スタック”と紹介しているのも面白い(アンプのマーシャル・スタックにちなんでいる)。
カーク・ハメットはMTV向けインタビューで住居について「部屋が2つあれば十分。ひとつはオモチャとコミックス用で、もうひとつで寝る」と語っている。その後、彼のコレクションは膨大な数に増えていき、専用の家屋を建ててしまったほど。しまいには映画の小道具やヴィンテージ物のポスターを含めた写真集『Too Much Horror Business』を刊行してしまったことを考えると感慨深い。
クリフのインタビューは2本収録されているが、両方でR.E.M.を推しているのも興味深い。当時のR.E.M.は『玉手箱』(1985)発表後で、全米チャートでトップ30入りしていたものの、まだスーパースターにはなっていなかった。「R.E.M.というバンドが好きなんだ」と、相手が知らないことを前提に話しているのも時代をうかがわせる。
メタルの大名盤を主軸に、ディテールに至るまでたっぷり楽しめる『マスター・オブ・パペッツ』リマスター・デラックス・ボックス・セット。メタリカ漬けの年末年始も実にめでたいものだ。
なお、『マスター・オブ・パペッツ』本編と未発表音源のハイライトを収めた”リマスター・デラックス”3CDも発売される。
『メタル・マスター(リマスター・デラックス・ボックス・セット)』
発売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2017年11月22日
料金:30,000円(税抜)全世界完全数量限定/直輸入盤仕様
『メタル・マスター(リマスター・デラックス)』
発売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2017年12月20日
料金:3,600円(税抜)3CD
『メタリカ公式ビジュアルブック バック・トゥ・ザ・フロント』
発売元:ヤマハミュージックエンタテインメント
発売日:2017年12月23日
料金:5,000円(税抜)
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に850以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログ/インタビューリスト