今月の音遊人
今月の音遊人:富貴晴美さん「“音で遊ぶ人”たちに囲まれたおかげで型にはまることのない音作りができているのです」
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ダイナミックに鳴り響くサウンドに、観客は思わず拳を掲げ、演奏に合わせて会場が一体となる。しっとりと聴かせるバラードでは、ボーカルの声にすっと引き込まれ、アーティストと一対一の世界が生まれる。こうしたコンサートでの音づくりの全てを担うのがサウンドデザイナーの仕事だ。今回は株式会社スターテック代表取締役の志村明さんに、コンサートの肝となる音づくりの舞台裏についてお話を伺った。
志村さんはサウンドデザイナーとしてライブコンサートを俯瞰し、音に関わる指揮を担う。
アーティストや制作会社から依頼を受けたら、まず初めに演奏者や会場の規模に応じた機材の選定とスタッフのスケジューリングを行う。アーティストに合ったPAエンジニア(客席で観客が聴く音の調整をする人、ハウスエンジニアとも呼ばれる)や、モニターエンジニア(ステージ上で演奏者が聴く音を調整する人)などの人選を行い、その後、スタジオでのリハーサルに入っていく。
志村さんは、発売されているCDなどを聞き込み、アーティストとコミュニケーションを重ね、アーティストが伝えたいサウンドを確認する。
「リハーサルは、場合によってはスタジオで1か月以上行うこともあります。まずはモニターエンジニアとステージ上のサウンドを作っていきます。ステージ上のバランスを整えることによりこれがアンサンブルの“物差し”となり、アーティストの思いのままに演奏できるようになるのです。アーティストが届けたいサウンドがステージ上で気持ちよく演奏できることが必須なんです」
この作業と同時に客席で観客が聴く音をハウスエンジニアと調整していく。ハウスエンジニアが操作する“ミキシング・コンソール”は、観客が聴くサウンドをコントロールする要となる。ステージ上の全ての音を入力してミックスし、そのバランスを整えて出力する役割を担い、アーティストの演奏を引き出す色付けを行っていく。
「例えば、ここでピアノが流れて、ギターはこういうバランスで聴かせたいね、とか、ボーカルを活かすためにバックのハーモニーは柔らかくしたいね、とか、演奏者の意図を観客の立場で聴いて、音の調整をします。今はリハーサルのときに行った音作りはミキシング・コンソールに記録しておけるので、本番ではより音楽に集中してミキシングできるようになりました」
CDなどのレコーディングされたサウンドは、部屋のスピーカーやヘッドホンでちょうど良いバランスとなっているため、コンサートではこれを再現しても、物足りなく感じてしまう場合が多い。そこで、アーティストは観客にライブを楽しんでもらえる演奏を心がけており、これを観客に印象付けるのが、サウンドデザイナーの腕のみせどころ。
「アーティストにはライブならではのプレーやアレンジメントなど、より聴かせたい部分があるのです。このような部分と照明効果や映像効果の相乗効果があると盛り上がるじゃないですか。同じように、音も雰囲気を作るための仕掛けを作るんです。うまいミュージシャンはいいタイミングで盛り上がる仕掛けを入れてきます。そういうアーティストが出す“素材”をどう生かすかというのは、エンジニア冥利に尽きるというか、この仕事の楽しい部分です。盛り上がりに合わせてリズムを目立つようにしたり、イントロのフレーズをグッと出したりね。そうしたときに、こちらが仕掛けたことに対する観客の反応を直に感じられるのは面白いし、この仕事の特権だと思っています」
ツアーなど大きさや形が異なるさまざまな会場で、どの客席でも同じサウンドが届けられるように、予めシミュレーションを行った出力系のスピーカー・プランを立てる。実際の会場ではリハーサルの前にこの“物差し”を再現できるようにスピーカー・システムの調整をすれば 、コンサートのサウンドを思いのままにコントロールできるようになる。
「スピーカー・システムの調整はかなり繊細な作業ですが、毎会場できるだけミキシング・コンソールの中で作ったサウンドがそのまま表現されるように調整します。そのことにより、アーティストのプレーやサウンドがより観客に伝わります。最も大事なのは、アーティストが届けたいサウンドを会場の隅々まで届けて、すべてのお客様に楽しんで帰ってもらうこと。そのために、アーティストのサウンド、素材そのものを大切にしています」
音楽が好きで、高校時代から楽器店の手伝いをしていたという志村さん。大学は日本大学芸術学部放送学科に通い、音楽について幅広く学びながら、自社製作の音響機材を扱う会社の現場に入りアシスタントをしていた。これをきっかけに、大学3年の時、音響機材といえば高価な輸入物ばかりだった時代に国産の音響機材を製作する会社「Intercity」を中学時代の後輩と2人ではじめた。
「若い頃に楽器店や機材を作る場所にいたからか、“こういう音を出したい”という欲求がずっとあるんですよね。今は昔と比べると機材も進化しているので、若手スタッフや、これから音響の仕事に就きたいと思っている人は覚えることが多くて大変だけれども。演奏している音を収音し、それをミキシングして出すという部分は、60年代のビートルズの頃から変わっていないんです。あの頃は今ほど機材も整っていなかったけれど、ビートルズ、いい音しているじゃないですか。それは機材や方法論が変わっても、我々が求められている到達点は変わっていないということ。僕はいまだにイメージする音、何よりいい音楽を追求しているのかもしれないですね」
Q.子どもの頃になりたかった職業は?
A.漠然と、国際的に世界を股にかける仕事をしたいなと思っていましたね。
Q.もし音楽に関わる仕事に就かれていなかったらどんな仕事を?
A.音楽関係の仕事以外は考えたことがなくて……。もしサウンドデザイナーになっていなかったら、ヤマハさんにいれていただいて(笑)。機材を売ったり、作ることなんかに携わっているかなと(笑)。
Q.好きな音楽はなんですか?
A.元々はビートルズ世代なんです。ビートルズから入って、ロックバンド、特にプログレッシブ・ロックが好きでした。エマーソン・レイク・アンド・パーマーとか、キング・グリムゾンとか、昔聴いていたアルバムを聴き直していますね。最近のオーディオ環境で聴くと、演奏や音の良さがよくわかって面白いんです。
Q.プライベートでライブやコンサートに行かれますか?
A.時間ができれば行っています。コンサートを観客の立場で見ることが大切ですね。
Q.趣味はありますか?
A.まわりに“仕事”って言われます(笑)。
文/ 清水由香利(RUNS)
photo/ 逢坂聡(屋外の写真)
tagged: オトノ仕事人, サウンドデザイナー, ミキシング・コンソール
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